【Trick or Treat】

昨日、愛理から来たメールにはただ一言だけ『Trick or Treat』と書いてあった。
そのメールを見た瞬間、去年の事を思い出した。
カラダの奥深くぞくぞくする、あの感覚を。

今年はちゃんとお菓子を用意しようと1ヵ月前からどんなお菓子を作ろうかと考えていた。
暇を見つけては雑誌を見たりしていいなぁと思ったのがかぼちゃのタルトだった。
料理の本を片手に作ったタルトは思ったよりもおいしく出来た。
数個作ったうち形のいいものを3つ選んで、雑貨屋さんで買ったハロウィン用のラッピング袋に丁寧にそれを入れて、最後にリボンを付ける。
うん、なかなかいい感じだ。
記念に写メを撮って眺めていつの間にかにやけた頬。愛理のおいしい顔を思い出したからだ。
食べて喜んでくれるだろう、その姿や顔を思い浮かべると温かくてやんわりと優しい気持ちになる。
明日会えるのが待ち遠しい。毎日のように会っていてもこんな気持ちになるのは相手が愛理だからだ。


--当日。
仕事に行く前に待ち合わせしてふたりでカフェに来た。
声を潜めてせーので「Trick or Treat!」と言ってお互い用意したお菓子を出した。

「中、見てもいい?」

私が頷くと愛理は嬉しそうに笑って、丁寧にだけど急いでリボンを外して中を覗き込んだ。

「タルトだぁ!おいしそう!」
「愛理のかぼちゃプリンもおいしそう!」

甘い匂いが鼻をくすぐる。
それは愛理も同じようで、袋に鼻を近づけてくんくんしてる。
今すぐ食べたい気持ちをぐっと堪えてカバンの中にガーッと・・・じゃなくてそーっとしまう。
意識しなくても顔が緩む。やばい。
何気ない会話も楽しい。そうしているうちに仕事の時間になった。

持ち寄ったお菓子はそのまま楽屋で食べる事になった。
メンバーが帰って行くのを見送っている間もそわそわする。カバンからはほんのり甘い匂いがこぼれている。
愛理は携帯をいじりながらゆっくり帰る準備をしているのに対し、私は用意もガーッと済ませてしまって楽屋に残ってるのが不自然になっていた。

「やじー、帰らないの?」
「えっ、あ、ちょっと・・・用事が・・・。」
「用事?え?誰に?」
「えっとー・・・。」

なっきぃがちらりと愛理を見る。愛理は携帯のディスプレイを眺めたままだ。
オロオロ。どうしよう。

そんな私の態度に気づいた愛理が視線を上にあげて私となっきぃを見る。

「これから舞美ちゃんとデートなんだー。」

にこにこ、というよりデレデレした顔の愛理。眉間にしわが寄るなっきぃ。
名残惜しそうにドアを閉めたなっきぃを見送った愛理はさらに顔を緩ませる。

「じゃあ、お菓子食べよっか!」

愛理はふんふん、と鼻歌を歌いながらさっきあげたお菓子を取り出して机の上に乗せて、さっきと同じように丁寧にだけど急いでリボンを外した。
私も後に続いてそっとお菓子を取り出す。甘い匂いが濃く届く。

「いただきまーす!」

プリンを口に運ぶと優しい甘さが広がる。おいしい。

「おいしい?」
「うん!愛理、おいしいよ!」
「タルトもおいしいよぉ。」

目を細めておいしい顔をする愛理。嬉しくて胸の奥がくすぐったい。

「去年愛理が作ってくれたお菓子もおいしかったなぁ。」

去年は私がお菓子を用意するのを忘れていた。
愛理からもらったお菓子を食べ終えた後に「Trick or Treat」と言われて何もなくって。
「舞美ちゃん、私のお菓子食べたしお菓子くれないし・・・イタズラするね。」って笑顔で言われた時はビックリ箱とかかな?なんて思っていたのに。
実際はカラダに中途半端な熱を残されただけだった。
つらくて苦しくて求めても、それから何もしてもらえなかった。
あんな思いはもうしたくない、そう思って・・・。

・・・今年は?

「愛理・・・今年はイタズラしな、い?」
「しないよぉ。食べ終わったら帰ろ?」

そう、そのはずだった。頭の中では。イタズラされなくてよかった・・・のはずだったのに。
何か・・・何だろう、寂しくて。

「舞美ちゃん?」

寂しい原因はわかってるけど、でも言うのが恥ずかしい。自分だけそんな事思ってるみたいで・・・。
ぎゅっと唇を噛む。口を開いたら言いだしそうだから。
でも心の中は愛理に伝わってしまったようで、見つめられて顔が赤く熱くなる。隠せないくらいに。

「イタズラはしないけど・・・しよっか?」

ゆっくり頷くと愛理がしてやったりの顔で笑う。

「実は舞美ちゃんのお菓子も舞美ちゃんも食べようと思って、お泊りセット持って来てたんだー。」

・・・ああ。
何か悔しいなぁ。見透かされてたみたいで。
でもそれ以上に嬉しいから何も言わない。

「帰ろうか?」

差し出された手を握ったら感触さえも甘く感じて、ほんわりと、幸せ。



END