愛執
風はまだ少し冷たく強くて、私は時々舞う砂埃に目を細めた。 座っている私の横には彼女のサンダルが丁寧に置かれていて、少し離れた波打ち際で彼女は足を濡らして歩いていた。 ただそうして歩いているだけなのに彼女は心底楽しそうに弾みながら波に攫われないようにと、そのギリギリを歩いている。 その姿を見ながら私は、いつか大きくなった波が彼女を攫って行ってしまうんだろうとぼんやりと考えていた。 誰よりも私を愛してくれているのに。それなのに不安定で何処かへ行ってしまう気がしていた。 それは彼女があまりにも無邪気で純粋だからだ。 子供のように目を細めて笑う姿も、刹那に濡れた表情も、全てが曇りなくだからこそ怖いのだ。 私の腕の中に収めきれるのだろうか、いっそ波に攫われてしまったの方がいいのではないかと、さえ・・・思って。 「ねぇ!愛理もおいでよー!」 突然私に向かって細くて長い腕を振る彼女の姿に思考は止められ、駆け寄るか迷っていると少しだけ大きな波が彼女の足元を襲った。 その突然の出来事に彼女は小さな悲鳴を上げて私の元に駆け寄ってくる。 「愛理?」 溢れ出す気持ちはいつだって。一瞬一瞬いつだって彼女に恋焦がれているのだ。 目の前に立ち、座ってる私に目線を合わせるように屈んで微笑む姿に思わず逸らした視界の先には穏やかな海が淡く広がっていた。 でもその視界はすぐに彼女の姿になり、真っ直ぐに私を見つめる彼女の視線とぶつかる。 再び逸らす事は出来なくて彼女の瞳の奥に引き込まれてしまう。 その時だった。悪戯な風が私の帽子を海の方へと運んでいった。 それに気が付いた時にはすでに彼女は走り出していて、帽子を追いかけて私の元をどんどん離れて行く。 行かないで。声には出来ず、また波が来てしまったらどうしようと思った。そうしたら彼女は攫われてしまうと・・・。 だから咄嗟に私は彼女を追いかけた。砂で足が取られて上手く進めなくてそうしているうちに帽子は海の中へ入ってしまった。 波打ち際で申し訳なさそうにそれを眺めている彼女に追いつくと、私はその背中から勢いのまま抱きしめた。 「ごめん、愛理。追いつけなかった。」 「行かないで。」 「愛理・・・?」 波に攫われないで何処にも行かないで。私の元にいて。 抱きしめる腕に力が入る。私の様子に彼女は気が付きゆっくりと私の腕を解くと向かい合って再び絡まる視線。 「何処にも、行かないよ?」 彼女の表情はどこか自信に満ち溢れたようで、その後にゆっくりと表情を変えて微笑む。 その姿に見惚れていると再び大きな波がやってきた。 「舞美ちゃん!波!」 私は必死で彼女の手を掴んで引っ張った。だけど微笑んだまま彼女は動かない。頑なに私の手を取ったままそこに立っていた。 ざぶん、とさっきよりもきっと大きな波が襲った。 さっきは悲鳴を上げていたのに彼女は表情一つ変えずに私を見つめたままそこに立っていた。 「私は、何処にも行かないよ?」 波が引き、彼女は私をそっと引き寄せた。包み込むようにやんわりと抱きしめられ、格段に目を細めて微笑む。 それは私にしか見せない幸せそうな顔で、だから私も同じように微笑んだ。 言葉だけじゃなく証明し、私の不安を一瞬にして消してしまった彼女の姿に私はまた恋焦がれるのだ。 まだ肌寒いはずなのに温かくてその心地良さに私はただ素直に身を委ねた。 END |
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