ENDLESS LOVE

高等部の屋上には何故かほとんど人が来ない。
いや、それなりに来るんだろうけど、放課後はほどんど人が来ない。
放課後は、部活か帰宅部はわりと教室にいたり、遊ぶ為にすぐに帰宅したり、で。
だからってわけじゃないけど、放課後の屋上は私のお気に入りの場所。
でも学校や仲間が嫌いなわけじゃなくて、むしろ好き。
好きだからこそ、学校を感じれるこの屋上という場所が好きだった。

グラウンドを見下げると、陸上部が練習してるあたりに何だか人が集まっていた。
目を凝らしても顔なんて見えないはず、だった。
だけど、その中心にいる人物は顔が見れなくても誰かわかった、何故か。

どこの学校にもいるだろう、有名人。
その先輩は高等部だけじゃなく中等部からの人気もすごくて、ファンクラブがあるとかないとか。
でも、先輩ついこの間卒業したばっかりなのに。どうしているんだろう?

人集りはきっと、先輩がいるっていう情報を聞きつけて集まった人達だろう。
確かに顔も綺麗だし、性格もよさそう。
誰にでも優しいし、だからと言って媚びるわけでもなく、自然体っていうか、そんな雰囲気で。
先輩を嫌いだと言う人を私は知らない。
私も好きか嫌いかと言われれば、好きの部類に入るだろう。
でも、そこまで好きというか、興味がなかった。
みんながキャーキャー騒いでても、一緒に騒ぐ事はなかった。
それよりもみんなとわいわい楽しんでる方が好きだったから。
恋とかそういう気持ちを持ちたくないって思っていたわけでもないけど。

私はその場から離れて、空を見上げた。
風はまだ少し肌寒いけれど、少し冷たいくらいが気持ちいい。
凛とした冷えた空気を肺いっぱいに吸い込んで吐き出したら、気持ちがシャキっと引き締まる気がして好きだ。
空に向かって何度かそうしていたら、ドアの方から人の気配がした。
私だけの屋上ではないから、もちろん誰かくるのはめずらしい事ではない。
ただ、この時間っていうのに限ってはめずらしい。

何となく、考えるより先に足が動いてすぐそばにある死角に移動した。
足音が、2つ。
もしかして、ヤバい場面に出くわした・・・かも。

「ずっと好きでした。」

ああ、やっぱり。
なんで私、隠れちゃったんだろう・・・。
今更出て行けるわけもなく、動かないように音を立てないように、体を硬直させる。

「ごめんなさい。」

そのやりとりは、とてもシンプルなものだった。
でもシンプルだからこそ、真剣なのが空気を伝わって届く。

「ずっと、言いたかったんです。聞いてくれてありがとうございました。」

告白した人が、屋上から去って行った。
もちろん顔なんて見れなかったし、声だけじゃわからなかったけど、勝手に聞いてしまっただけに罪悪感が生まれる。

告白された人もすぐに去るだろう、なんて思ってたけど・・・なかなかその場から立ち去らない。
体が動きたくてうずうずしてくる。でも、今動いてしまったら全部台無しになる。
そう思っていたけれど、5分経ってもまだその人はそこにいた。
体ももう限界が近くて、だったらちょっと覗き込んで顔を見ようかな、なんて思ったのが間違いだった。
一歩、足を踏み出して顔を見ようとした瞬間、携帯から場違いな軽快な音楽が鳴った。

・・・やばい。

カバンをごそごそいじって、携帯の音を消した瞬間。
背中から人の気配がした。きっとすぐそばに立っている。
怖くて振り向けない・・・出来るのならこのままその人の顔を見ずに立ち去ってしまおうかと思った。
だけど、背中から聞こえてきた声は、なんとも能天気な声だった。

「盗み聞きなんて、性格わるーい。」

その声を聞いて、どうしてさっき気づかなかったんだろうって思った。
恐る恐る振り向いた先にいたのは、さっきグラウンドにいた・・・矢島先輩だった。

「とか言って。」

悪戯に私に笑いかける。
どうしていいのかわからず、でも逃げる事は出来ないと思った。
矢島先輩、走るの相当早い。

「ごめんなさい。あの、聞くつもりなんてなくって・・・。」

言葉にすると言い訳にしかならない。いや、言い訳なんだけど。
でもホントに聞くつもりなかったんです。ホントにごめんなさい。

オロオロしてるだろう私を見て、矢島先輩が笑う。
どうして怒らないんだろう?オロオロしながらも冷静にそんな事も思った。

「今の、ナイショにしててくれる?」
「えっ?」
「相手に悪いし。見なかった事にしてくれる?」
「も、もちろんです!」

そう言うと「よかったぁ」って。
ホントは脅してもいいくらいなのに、怒ってもいいくらいなのに。
お願いするなんて、ホントにこの人・・・優しいのか天然なのかわかんない。
でも、この空気感は嫌いじゃない。

「でも、やっぱり・・・断るって結構キツい。」

矢島先輩はそう言って、少し辛そうに空を見上げた。
かと思えば「あの雲の形さくらんぼ見たい。」って笑ってる。
その横顔はやっぱり綺麗だと思う。初めてこんなに近くで見たけれど。
思えば、私は矢島先輩と話した事がなかった。近くで見る事もなかった。
接点がなかったっていうのももちろんだけど、なんていうか。大袈裟に言えば芸能人みたいな存在だったから。
だから、こんな風に今、ふたりで空を見上げるという事が不思議に感じられたし、でも自然にも感じられた。

「先輩、モテるから。」
「そう、なのかな。」
「私が知ってる限りでは。」
「そうなんだ。そっかぁ。」

普通は喜ぶだろう。なのにどうしてそんな複雑な顔をしているんだろう。
困ったように笑って、私の顔を見てる。
何か間違った事を言っちゃったのかと思って視線を逸らすと、矢島先輩の右手がが私の左肩に触れた。

「私の事、好き?」

それは私にとっては唐突な質問だった。
だけど、矢島先輩の中では繋がっているだろう質問だった。
なんて。なんて言えばいいのか戸惑う。
嫌いではない。でもそういう意味で好きかと言われれば、違う。
迷って結局何も言えなくて、俯いたら頭の上から笑い声がした。

「やっぱり思ってた通りの人だった。」

何が?そう言いかけてやめた。
笑っていたのに、今はまた複雑な顔をしてたから。

「みんな、私の事好きとか言ってくれる。嬉しいけど、でもちょっと複雑だった。」

矢島先輩はきっと戸惑っているんだ。
あまりにもまわりがいつもキャーキャー騒いでいたから。
普通だったら、あれだけ騒がれたら図に乗ってもいいはず、なのに。戸惑って困っていたんだろう。
芸能人みたいな存在から身近な存在に感じた瞬間だった。

「どうして・・・私にそんな事話してくれたんですか?」
「だって、私がこうして話しかけても大体みんな私を・・・褒めて上げてくれるんだけど。でも違ったから。」
「あ・・・。」

好き?って聞かれた時、即答しなかったのはきっと私くらいなんだろう。

「思った通りだった。」

何が?そう言いかけて・・・ホントに声に出そうとした時。
矢島先輩が一歩、私に近づいた。
思わず体が動かなくなっちゃって、ついでに言葉も出なくなっちゃって。
矢島先輩の顔を見る事しか出来なくって。
その顔がふんわりと、まるで柔らかな日差しのように優しく笑う。

「ずっと、好きでした。」

・・・誰、を?

「一目惚れだけど。もう会う事もないと思ってたけど。ずっと好きだったの。」

ウソでしょ・・・。
騙されてるのかと思った。でも、矢島先輩の表情からは騙すなんてそんな事を少しも感じれない。
まさか・・・私?

「こんな私だけど、知っていってくれないかな?」

矢島先輩・・・ずるい。
こんな風に意外な一面を知って、それでずっと好きだったとか、ホントずるい。
恋なんてそういえばずっとしてなかった。心臓がバクバクしてる。

知っていきたい。

そんな気持ちが芽生えた。それを認めたら、急速に花が咲いた。
それが恋、なのかもしれない。

「こんな私でいいんですか?」
「うん。愛理がいい。」

こんな風に突然、恋が始まるなんて思わなかった。
もちろん、まだ恋に近いものでカタチはまだ未完成だけど。

「あー。緊張したぁー。」

矢島先輩が空に向かって大きく手を広げて叫んだ。
それがおかしくて思わず笑ってしまう。
遠くから見ていた私にとっては、ホントに意外な一面ばかりが見えてしまう。
これからそれを知っていくことが楽しみで仕方がなかった。



END