今すぐあなたに会いたいよ

「あれ?今日オフじゃなかったっけ?」
「そうなんですけどー・・・。ちょっとやっておきたい事があって。」
「へぇー。誕生日にオフなのに。」
「なんか気になっちゃって。遅くても夕方には帰りますから。」



そう言って、机の上に置かれたインタビューの用紙やらアンケート用紙やらを持ち出して、会議室に入った。
ぱたん、と閉じられたドアの音を聞いて、ふぅと息をついた。

さて、やりますか。

机にアンケートを広げて、ボールペンを取り出して。
少しは真面目にやっていた。集中力もあった。

だけど、落ち着かない胸の鼓動と、意識が明らかにここにないことがわかって・・・。



--ああ、ダメだ。



集中出来なくて、ボールペンを机に放り投げて、腕を頭に回した。

あー、もう美貴らしくないな。
ここまで来ちゃったけど、どうしようかなんて考えてないし。
っていうか。っていうかさー・・・。

--何やってんだろ、美貴は。

ため息をついた、と同時に、ノックもなしにドアが開かれた。
視線を上げた先には、待っていた・・・あの子が。



「ご、ごめんなさいっ!誰かいると思わなくて!」
「え?ああ、いいよ。」



驚いたその顔は、まだあどけなさを残した純粋無垢で。
手招きをして、向い側に座るように促すと、おずおずとそこにちょこんと座った。



「何してるんですか?」
「ああ、アンケートとか。ちょっと溜まっちゃっててさ。」
「あ・・・でも、今日オフでしたよね?」
「うん。どうせヒマだったから。」



ヒマ。果たしてそれは合っているだろうか。
夕方には、亜弥ちゃんが来る。それまでには・・・。

あの子は少し微笑んで、カバンから教科書やらノートやらを取り出した。
パラパラとノートをめくる音が気持ちいい。
美貴も投げ出したボールペンを持って、再び紙とにらめっこ。

時々、ページをめくる音や、咳払いや、衣服のすれる音が響いた。
そのくらい静かで、何だか居心地が悪くなった。



「そういえば・・・。」



沈黙を破ったのは、美貴ではなくてあの子だった。
はっとして顔を上げたら、少し困ったように微笑んでいた。



「今日、藤本さんの誕生日ですよね。」
「あ、うん。」
「今日はオフだと思ってたから、何もプレゼント用意してなくて・・・。」
「いいよ。っていうか、別にいらないし。」



そう言って笑いかけたのに、沈んだあの子の顔。
どうしたの?って声をかけようとして、ふと止まった。



「迷惑・・・ですか?プレゼント用意したら。」
「ええ?いや・・・そんな迷惑なんかじゃなくて・・・気をつかわなくていいよって事だったんだけど・・・。」



ひどく、寂しそうな声を出すから。
心の中で、感情が渦巻くのがわかった。

--わかってしまった。

ここに来て、今日会って確かめたかった事。
まだ加速するほどじゃないけど、確かにここにある、想いを。

だから、そんな顔しないで。

まだ抱きしめる事も・・・触れる事も出来ないから。



「真野ちゃんからもらえるなら、嬉しいよ。」
「ホントですか!?」



それだけで、こんなにも微笑んでくれるならば。

嬉しいのに、胸の奥がぎゅってなって、わけもなく泣きたくなるような。
切なさが、苦しくて。だけど、嬉しい。



「じゃあ、そろそろ美貴帰るね。」



席を立って、迷って。
あの子の頭をぽんぽんって叩いた。
顔は見れなかった。



ドアを閉じてから、そのまま背中をドアに預けて、呼吸を整えた。
顔が赤い。体が熱い。
こみ上げてくるこの気持ちがそれならば。

始まりならば・・・。



END