It is dear.

ただ、なんとなく。
それだけなんです。
だから、そんなに機嫌悪そうな顔しないで。

どうして?だなんて、聞かないで・・・。






「っていうかさ。美貴はもう寝ようとしてたんだよね。」
「そうですよね・・・。」
「電話も出るつもりじゃなかったんだよね。」
「でも、出てくれたじゃないですか。」
「うん・・・、まぁそうだけど。」


車内では、なんだかよくわかんない外国女性の歌が静かに流れている。
こんな曲が好きなのかな?耳を傾けてみるも、やっぱり誰の歌なのかがわからない。

夜の静けさのせいか、こんな風に呼び出されたからか、美貴の声のトーンは明らかに落ちている。
上にダウンを羽織って、下はジャージ。
いつもキレイにさらさらしてる髪は、ボサボサしていた。

もしかして、寝ようとしてたんじゃなくて、寝てたんじゃ・・・。
見慣れない横顔を見ると、「ふぁあ」と欠伸をしていた。

テレビで見る、仕事で見る、美貴は本当に目を奪われるくらいに綺麗だと思うけれど、こんな気の抜けた素の姿があまりにも美貴らしくて。
久しぶりに、触れられた気がした。


「んで、どっか行きたいとこあるの?」
「え?」
「今ならどこでも連れてってあげる。」
「ホントですか!?」
「・・・いや、どこでもっていうのはやめとく。行ける範囲だったらいいよ。」

「じゃあ、北海道。」

「無理。行けるはずないじゃん。」
「今が無理なら、いつか連れてってください。」
「却下。」
「藤本さんのケチ。」
「ケチで結構。っていうか行ったじゃん。ツアーで。」
「藤本さん家とか行きたいです。」
「つまんないよ。」
「つまんなくないですよ!藤本さんが育ったところ、見てみたいんです。」
「住所教えてあげるから、行っておいでよ。」
「藤本さんと一緒じゃなきゃ、意味ないです。」


そう言うと、短いため息が聞こえた。
不機嫌になっちゃったんだと、ちらりと見た横顔は呆れたように笑っていた。


目的もなく走る車。
何か大事な事を話すわけでもない車内は、そんな理由などどうでもいいというように穏やかだった。
きっと、美貴はわかっているんだろう。そして何も言わないつもりなんだろう。
それに甘えて、シートに深く埋まった。
ふわりと舞った、美貴のにおいがどうしようもなく恋しかった。


コンビニでペットボトルをふたつ買ってきた美貴は、不機嫌そうにひとつ手渡して、残りのひとつをごくごくと飲んでいた。
喉が渇いていた。
買ってきてくれたお茶は、きんきんに冷たくて、胃まで冷えた感触が残った。


「で?どこ行こっか?」


そこで初めて、美貴が私を見たような気がした。
視線が合う。
不機嫌そうな態度とは裏腹な、優しい瞳に吸い込まれそうになる。


「・・・何?にらめっこしたいの?」


美貴が悪戯に笑う。
吸い込まれる寸前で、私は意識を取り戻した。


「にらめっこしたら、絶対さゆみが勝ちますよ。藤本さん、笑い上戸だもん。」
「そんなことないって。自信あるもん。」
「さゆみも自信あります。」
「じゃあ、勝負しようよ。」


こんな真夜中に、コンビニの駐車場で。
いい大人がにらめっことか、バカみたいとかそういう気持ちはなくって。
ホントにただこうしていられたら、それでよくて。


「じゃあさ、負けたら・・・勝った人の言う事を聞く。」
「そんな約束していいんですか?」
「だって、負けないもん。」


「「にーらめっこしーましょー、あっぷっぷー。」」


ふたりで声を揃えてそう言った瞬間、美貴はププププッとお腹を抱えて笑い出した。


「あははは。っていうかさー、あっぷっぷーって何?」


私まだ、変顔してなかったのにそこで笑っちゃう美貴がおかしくて、おかしくておかしくて・・・愛しくて。
うまく笑えない。
うつむいた私に気がついたのか、美貴の笑い声が消えて、それから頭の上にあったかい温もりが。

私の髪を、優しく撫でているその手が欲しくて。


「負けたから、さゆみの言う事聞くよ。美貴はどうしたらいい?」


なんで、そんな優しい声。
胸の奥がぎゅうって締め付けられる。


「抱きしめて、ください。」


普段だったら、絶対にこんな事言えない。
全ては、外が静かで暗いのと、車内のこんな雰囲気と、美貴の・・・。


「うん。おいで。」


美貴の手が私に真っ直ぐに伸びてきて、引き寄せられた。
首筋に美貴の息がかかる。
力を入れて、私よりも小さい体を抱きしめたら、同じ分だけ返される強さ。


「藤本さん・・・。」


何も言わなくていいよ、と言うように、私の背中をとんとんと叩く。
胸の中が、おかしくなりそうだった。
ドキドキドキドキ・・・うるさい音が、きっと伝わってしまっている。

ふと、首筋に唇の感触がして、体を震わせると、美貴が笑ったのが吐息でわかった。


「さゆのえっち。」
「どっちがですか!そんなこと・・・。」


言って顔を上げると、美貴の顔がすぐ近くにあった。
悪戯に笑って、そのまま近づいてくる唇に、私は目を閉じた。






全てをきっとわかっていて。
不機嫌そうにしてるのに、甘えていいよと手を広げて受け入れてくれる。
聞き出すことはしない、それが美貴の優しさで。

ただ、会いたかったんです。
藤本美貴という人に、触れたかったんです。

あったかい手のひらが、私の頭を撫で続けている。
今はそれに甘えて。
私は目を閉じて、再び美貴の腕の中に入り込んだ。



END