LOVER


例えば。

この世界が、私達にとってもっと優しい世界だったら、私達はどんな風になってたかな。
今とは違うカタチのふたりが、いただろうか。
なんの躊躇もなく、素直に全てを曝け出していただろうか・・・。


---こんな事考えるなんて、どうかしてる。きっと。






助手席のドアを開いた時から嬉しそうに。
私にいろいろ話しているたんの横顔が、妙に大人びた気がした。
私の知らない顔があるような気がして、運転に集中してるふりをして、あんまり顔を見ないようにした。
あーだこーだ、と手振りを混じえながら楽しそうに話すその声は、甘くて。
私の名を呼ぶ声もやっぱり、甘い。

一緒にいると、ふたりだけの世界。
私もたんも、お互いしか見えなくて。

---だけど。


「息苦しい。」


ふと漏らした私の声は、当然たんの耳にも届いていて。


「何それ?美貴といてもつまんないって事?」


少し怒り気味に発せられた声は、さっきと違って低くて不機嫌な。


「違うって。そうじゃないよ。」
「じゃあ、どういう事??」


チラリとたんを見ると、窓の外を見ていて・・・不貞腐れてるのがわかって、不謹慎にもおかしくなって。
緩んだ頬を見られて、さらにたんが怒る。


「だいたいさぁ、息苦しいとか一緒にいる時に言われてさぁ・・・。」
「だから。違うってば。たんが思ってるのと違うって。」
「じゃあ、何が息苦しいの?」


そう言ってたんが窓を少しだけ開けた。
ふたりの間を風が通り抜ける。

息苦しいって・・・もしかして車の中の空気だと思ってるんだろうか・・・。
だから窓開けて空気入れ替えてるの・・・かな。

そう思ったらおかしくて、私は声を出して笑った。


「たんって・・・バカだよねぇ。」
「はぁ??」
「そういうとこ、かわいくて好きだよ。」
「何それ・・・意味わかんない。」


そっと窓を閉めたら、窓を開けた事で笑われたんだと気がついたたんは、恥ずかしそうにさらに不機嫌になった。


「じゃあ、どういう意味?」


頬を膨らませて、腕組んで・・・そりゃガラ悪い目つきで、私をじっと見つめてる。
そろそろ、答えないと本気で怒るかな。
だけどきっと、その意味はわかんないだろうな。

信号が赤になった。
横断歩道を渡っているカップル達。
あんな風に・・・。



---この世界が、私達にとってもっと優しい世界だったら。



「息苦しいのは、この世界。」
「はぁ?どういう事?」
「たんと一緒にいて、息苦しいと思ったことなんてないよ。」
「当たり前じゃん。そんな風に思ってたら、美貴怒るよ。」
「もう怒ってんじゃん。」
「だって、教えてくれないから。」


信号が青になる。
先へ進め・・・。
そんな風になれたら。


「いろいろ窮屈だと思わない?」
「あー・・・。まぁ、ね。」


たんは、今の言葉の意味を、どう捉えただろう。
少し難しい顔して、考え込むような顔して。


「でもさぁ。なんで今更?デビューした頃もよく言ってたじゃん。プライベートないよねぇとか、さ。」
「うん。」
「いろいろ制限されたり見られたり。窮屈だねぇって。」
「うん。」
「なんで、今更?」


噛み合ってるようで、噛み合ってない会話。
やっぱりたんには伝わってなくて。

そんな窮屈にはとっくに慣れた。
そうじゃなくて。
なんて、否定はしない。


「今、だからかな。」


そう答えた事に、何か言いたそうにしてたけど、車はもう目的の場所に着いていて。


「着いたよ。買い物行くべ。」
「美貴、ワンピース買いたいんだ。亜弥ちゃん、一緒に選んでね。」


嬉しそうに助手席から出て行くたんを。
本当は引き止めたくて仕方ない事を、たんは知らない。






例えば。

この世界が、私達にとってもっと優しい世界だったら、私達はどんな風になってたかな。



END