もっと・・・?



久しぶりにロクエロの衣装を着ると自分が男になったみたいな意識になる。
先に着替えていた茉麻は廊下にある鏡の前で男役を取り戻すかのように動きを確認していた。
歌の最中、笑わないようにしなきゃなぁとかそんな事を考えながら控室に入るとそこにはキャプテンの姿しかなかった。

「あれ?みんなは?」
「わかんない。」
「ふぅん。」

キャプテンはこっちに背中を向けて座っていて、テーブルの上にお菓子が乗っていた。
ちょっとお腹すいたし食べたいなと思って、その向かい側に座ろうとキャプテンの側を通り過ぎようとした時だった。
急にキャプテンが立ち上がって、その椅子の音に驚いて立ち止まった。

「千奈美?」
「ん?どしたの?」

自分の前に立つキャプテンもまたロクエロの衣装でいつもよりかわいくて、いやいつもかわいいけど何て言うか。
すごく、女という感じで。未だにお互いこの衣装でダンスするのが照れ臭い。

「前に千奈美がお願いしてきた事、お願いしてもいい?」

上目遣い。いつもずっとこの距離感だったのに、なんかおかしい。
おかしいのは自分の感情できっとこの格好のせい。わかってるのに妙にどきどきする。
自分の胸元にそっと手を置いて。キャプテンが寄り添うように自分の体の中に入ってきた。
背中に腕が回ると、ちょっとだけ抱き寄せられた。

「きゃ、キャプテン!?」
「ねぇ、お願いがある、もっとギュッとして?」

背伸びをするように首に腕を回して耳元で呟かれた台詞は前に自分がキャプテンに言った言葉だった。
でも、あれは、手で。抱きしめるとか、そんなんじゃ、なくて。
自分の目の前にはキャプテンの頭。どうしていいのかわかんなくて立ちつくしていると、その頭が動いて顔が見えた。
目が合うとうっすらと顔が赤いキャプテンに引き寄せられそうで。

「千奈美?」
「うん、あっ、うん・・・。」

ふたりきりだし。こんなとこ見られたら洒落にならないけど。キャプテンこんなんだし。なんかもやもやするし。
ぎゅっと、思い切って背中に腕を回した。
柔らかい体。普段は意識してないしこんな距離感きっとあっただろうしもちろん何も思わなくって。
なのに今はどうしてだろう。キャプテンの体の熱がじわりと伝わるこの感じ。自分もかなり熱い。

「もっと。」

掠れた吐息のような声に魅かれて何も考えられなくてもっと引き寄せた時だった。

・・・ピローン。

場違いな音が響いてその音がした方向を見ると、そこには携帯で写メを撮るみやと隣で手を叩いて大爆笑する茉麻がいた。
キャプテンを抱きしめていた事が恥ずかしくて瞬時にパッと離れると、みやがにやにやしながら携帯を見せつけた。
そこには自分が思ってた以上に体を寄せて抱きしめ合っているキャプテンと自分がいた。

「ねぇ、お願いがある、もっとギュッとし・・・ププププッ。」

みやが堪え切れなくて笑い出し、茉麻も釣られて吹き出して笑う。
そこで気がついた。こいつら騙したな!しかもこのネタ使って!!

「おまえらなぁ!!!!」
「これみんなに見せびらかしてこようっと!」

ふたりともタダじゃおかねぇぞ!そう思って走り出そうとした時だった。
右腕を掴まれて、振り返るとさっきのように自分の体の中にキャプテンが入ってきた。

「ね、もっとギュッとして?」
「ねー、キャプテンまだからかうのー?」
「ううん。して?」
「え?」

また騙されてるんだと思って辺りを見回す。
キョロキョロしてたら頬を両手で押さえられる。目の前にキャプテンの顔。なんか、さっき以上に艶っぽい。

「もうみんないないよ?」
「え?」
「だから、騙したりバカにしたりしないから、して?」
「えっ!?あ、え??」

それって?・・・えっ?
いつまでも抱きしめられずに困惑してたらもどかしそうにキャプテンが自分の腕を掴んで背中に腕を回させた。
遠くでみやと茉麻の笑い声が聞こえてきて、みんなに見せびらかしてるんだと思うと同時にやっぱり騙されてるんじゃなくって。
これって?どういう事?もしかして?
頭の中がパニックになってでも確かに触れ合ってる体は熱くてキャプテンが綺麗で。
思考が追いつかなくって抱きしめる事も出来なくて、そうしてるうちに自分の胸に顔を埋めていたキャプテンが顔を上げた。
怒ったような、困ったような、だけど笑い出しそうな表情で・・・。

「意気地なし。」

え?と思った同時に掠め取るようなキスをされて、何が何だかわからなくて。
呆然としていると少しだけホントに少しだけ微笑んでキャプテンが腕の中から抜け出して控室からも抜け出して。

残された自分に残ったのはさっきまで確実にあった熱と一瞬だったにも関わらずしっかりとした唇のぬくもりだった。



END