ブレーキいっぱい握りしめて

自転車に二人乗りなんて久しぶりだった。

舞美の脚力のせいなのか、スピードに乗って次々と景色が流れていくのがとても気持ちよかった。
楽しそうにキャーキャー声あげながらだけど楽しそうに、どんどんスピードが上がっていって。
落ちないようにしっかりと回した腕から感じる舞美のカラダにドキドキなんてしたりして。

「まぁ、着いたよぉ!」

キキーッと勢いよくブレーキかけるもんだから、体が前のめりになって目の前の背中にドンってぶつかった。
頬に触れた背中が熱い。そして目の前にある汗で濡れたTシャツが・・・ちょっとエロい。

・・・ちょっと今日おかしいかも。暑さのせいだ。きっと。

なんて思ってその背中を見てたらひょいっと視界から消えた。
急に見えた広い空が青くて眩しい。
軽快に自転車から降りた舞美は、カゴに入れていた鞄をごそごそと漁り出す。
それをボーっと見てたら、「あったー!」と大きな声をあげて嬉しそうに何かを取り出した。

「ね、何するの?」
「あれ?言ってなかったっけ?キャッチボールだよ。」

舞美が当たり前のような顔してそう言った後に、私の顔を見ていつもの屈託のない笑顔を見せる。
空の青さと太陽の眩しさと舞美の笑顔が、妙にぴったりで絵に描いたようで・・・。

・・・うん、やっぱり今日の自分はおかしいと思う。

そんな事思っている事に当たり前だけど気づかない舞美がグローブを差し出した。
黙ってそれを受け取ると、舞美が嬉しそうに笑いながらどんどん離れていって、私達は一定の距離を保つ。
遊具も何もない広場みたいな公園は、無駄に広くて気持ちがいい。
バシン、バシン、とミットにボールが入るたびに音がした。その音が広々とした空間に大きく響く。
言葉は交わさない。ただただ黙ってボールを投げては受ける。

舞美は嬉しそうに笑っていて、きっと自分は浮かない顔をしてると思う。

無駄だよなぁとぼんやり考えて、でも考え出すと止まらないってのが困りものだ。
私と舞美はそういう関係じゃない、むしろそういうのとは遠い存在で。だけど近い距離にいて。
この子、結構魅力的だし、今までよくそういう風に思わなかったよなぁなんて感心したりする。
いや、違うか。思わないようにしてたんだ。気がつかないようにしてたんだ。
今みたいにこんな風に距離を保ちながら。だけど何処か繋がっていて。
嬉しそうにキラキラ生きてる舞美を見ると目を細めたり伏せたりしてた。

だけどこんな人、恋人だなんてごめんだ。
近くで息をする事が出来なくなりそうで、自分が辛くなるのが見える。
この距離がきっとちょうどいい。だけど一番危うい距離だとも思う。
きっとこれから何度もこんな気持ちになるだろうから。

バシン、バシン。

音が響く、空が青い、太陽が眩しい、舞美が笑う、胸が痛む。
一番いい距離で投げ合うボールは太陽に照らされてキラキラと光っていた。



END