想いあふれて

「ねぇ、亜弥ちゃん。」

私の問いかけに、亜弥ちゃんは携帯をいじりながら「何?」って怒ってるようなそっけないような、そんな声色で答えた。

「美貴、間違ってるのかな。」
「何が?」
「今の仕事っていうか。」
「意味わかんない。もっとわかりやすく説明して。」

亜弥ちゃんはそう言って携帯をテーブルの上に置いた。
そして怒ったような顔をして、私をじーっと見る。
その目は私の本心を全て見透かしたようで、少しだけ言葉が弱くなった。

「歌、最近歌ってないなって・・・。」

今までデビューしてからずっと、歌ってきた。歌があって、それでテレビの仕事や雑誌の撮影があった。
全ての軸に歌というものがあったから、他の仕事があるんだと思っていた。
だけど今は違う。あんなに歌っていたのに私はしばらく歌っていない。
最近、ふと思った。私、歌手になりたくて、歌いたくて、上京してきたって事を。

亜弥ちゃんは、そんな私の言葉を聞いておもしろくなさそうにため息をついた。
そのため息がしらけた空気を部屋の中に広げていくようだった。
沈黙が重たい。亜弥ちゃんは私から目を逸らさない。その視線が痛くて俯いた。
意味もなく、机の木目を眺める。だけど神経は全て亜弥ちゃんに行っていた。
ことん、と机が何かに触れた音がした。亜弥ちゃんを見ると頬杖をついて私を見てた。

「歌わなきゃダメって事?」
「ううん、違うんだけど・・・。」

もちろん、今すごく充実してる。
服だってプロデュースしてるし、ありがたい事にレギュラー番組もある。その他にも雑誌の仕事やいろいろあって。
仕事がない経験をしたから、今の状況はホントにありがたいと思ってる。

だけど、歌も歌いたい。

そう思ってからずっと考えていた。自分がどういう風に進むのかを。
それは自分の意思だけではもちろんどうしようもならない事だというのもわかっているけど。

「じゃあ、いいじゃん。」
「うん・・・。」

亜弥ちゃんは再び携帯をいじりだした。
話はこれで終わり、という事なんだろう。
だけどふたりの間に流れたしらけた空気はまだ継続中だった。
私はどうしていいのかわからなくなって「トイレ行ってくる」って立ち上がった。
その時、亜弥ちゃんも立ち上がった。
その動きに目をやっていると、すぐそばまで亜弥ちゃんが近づいてきていた。

「今仕事をもらえるってすごく嬉しい事なんだよ?わかってる?」

その目はさっきと同じ色をしていた。体が動かなくなる。
亜弥ちゃんは私の肩をつかんで揺らす。「わかってるの?」そう、念を押すように。

「いつだって楽しんで全力で仕事して欲しいよ。歌だって一生歌えないわけじゃない。大丈夫だよ。」

急に優しさを帯びた声に、動揺した。
そのまま亜弥ちゃんは私を抱きしめた。
この感触もぬくもりも、久しぶりすぎた。久しぶりすぎて胸の奥がつんと痛む。
亜弥ちゃんは私をあやすように背中をとん、とん、と早すぎず、だけど遅すぎない、ちょうどいいリズムで叩く。

「いつでも突っ走ってるたんの方が、私は好きだけどなぁ。」

ぎゅうと抱きしめられた。力がたくさんこもっていた。私も抱きしめ返す。
目を合わせると、亜弥ちゃんが笑っていた。

「よしよし。いい子いい子。」

頭を撫でられて、またふわりと抱きしめられる。
しばらくずっと、このぬくもりに触れてなかった。いつぶりか思い出せないくらい、前だった。
今度はいつそれに触れられるか、そう思ったら手離したくなくなっちゃって、首筋のにおいを確かめた。
息がかかったのか、「くすぐったい」って言うけど、亜弥ちゃんは私がしたいようにさせてくれた。
しばらくそうした後、少し体を離して亜弥ちゃんを見ると、優しい笑顔で私を見ていた。

「私が応援してるから頑張れるでしょ?」
「うん!」

私が笑うと、亜弥ちゃんも笑う。
それがとても嬉しくて、私はまた亜弥ちゃんの胸の中に飛び込んだ。
何度も何度も。亜弥ちゃんを確認するように。



END