幼なじみ

「せんせい!りかちゃんがキショい!」



日課のように幼稚園の先生にいつもそう言ってた美貴。
最初は先生に「そういう事言っちゃダメだよ。」って言われてたけど、さすがに毎日毎日言うから。
いつからか、先生はただ苦笑いするだけになった。

言われてた当の本人も、だ。
嫌な顔するわけでもなく、むしろ嬉しそうに笑ってたから、美貴もやけになってた。
他の人にそう言うと、みんな怒ったり泣いたりするのに。
なんで梨華ちゃんは笑ってるんだろう、いつか怒らせたり泣かせたりしてやる、って思ってた。


でも、結局。
梨華ちゃんが怒ったり泣いたりする事はなかった。






--あれから十数年。

美貴は相変わらず何かとキショいと言い続けていて、梨華も相変わらず笑って返している。
こういうのなんだっけ?バカの一つ覚え?



「どんどんキショくなるよねー・・・この部屋。」
「集めたわけじゃないんだけど。欲しい!って思うものにピンクが多いんだよねー。」
「もう、24歳だよ・・・ピンクとかやめなよね。」
「いいじゃん、好きなんだからー。」



梨華の部屋に来ると、ベッドの上が美貴の場所。
見慣れた部屋。だけど、改めてみると、ホントにピンクが多い。
これが美貴の部屋だと思うとー・・・キショい。落ち着かないって思うのに、どうしてかここは心地良い。



「コーヒー持ってくるね。」



そう言って、部屋からいなくなった梨華がドアを閉めたのを確認して、美貴はそっとうつ伏せになった。

--いつからだろう。

ベッドに座ったり寝転がったりした時に、ふと鼻の奥を掠める香りに、ドキドキするようになったのは。
意識すると、顔が真っ赤になるくらいに。
でも、ベッドじゃないところに座るのは、不自然だった。
だから今でも、ここが美貴の定位置だけど・・・。

--だけど。

梨華が来る前に、この真っ赤な顔をどうにかしなきゃと、美貴は寝転がるのを止めて、あぐらをかいて座った。
ふぅ、と一息つけて、気持ちを紛らわそうと、ベッドのそばにあるコルクボードに目をやった。
几帳面に貼られた写真達。
写真のほとんどが、美貴と梨華だった。
その中にある、1枚の写真に目が留まった。



「うわー、懐かしい。」
「何が?」



いつの間にか、ドアを開けてニコニコ笑ってる梨華がいた。
トレーをテーブルの上に置いて、美貴の隣に座った。
一瞬、ふわりと香りが舞ったけど、気にしないようにした。



「これ、幼稚園の時のだよねぇ。梨華ちゃん、あんまり変わってないね。」
「そうかなぁ。美貴ちゃんも変わってないと思うけど。」
「いやいや、美貴は美しくなりましたけど。」
「・・・そうそう、ケーキあったから持ってきたよ。」
「・・・無視かよ。」



梨華は笑いながら、立ち上がった。
そしてソファーに座ると、おいしそうにケーキを食べ始めた。
ああ、かわいいな。って素直にそう思って、美貴も続いてケーキを食べ始めた。



「あ、そうそう。美貴ちゃん、今度の日曜日ヒマ?」
「んー、バイトもないし・・・ヒマだけど。」
「よかったぁ。あのね、バイト先の人に映画のタダ券もらったの。2枚もらったから一緒に行こうよ。」
「いいけどさぁ。」
「嫌なの?」
「嫌じゃないけどさー・・・。その・・・一緒に行くような人、いないの?」



なるべく、普通に。何気ない態度でそう言った。
っていうか。何聞いてるんだろう。
いる、って言われたらどーすればいいんだろう。
心構えもなく、なんでこんな事を・・・。

梨華は、少し考えて美貴を見て笑った。



「いるよ。」



--いつの間に。

そんな人、話に出てきたことないし。大学でもそんな人見たことないし・・・ということはバイト先?
そっか、シフトが合わないから美貴と・・・。
どんな人なんだろう、梨華がいいと思う人は・・・。

なんて、頭の中で思考がグルグル渦巻いて。
美貴は言葉を返せなかった。

そんな美貴を、梨華は不思議そうに見て。
そして何かを思いついたかのように急にニコニコした。



「美貴ちゃんだよ?一緒に行きたいと思うのは。」
「・・・はぁ!?」



意地悪そうに笑って、梨華が発した言葉に、美貴は顔が真っ赤になった。
今まで隠してきたのに、体から全て溢れ出た気がして、心の危険信号が点滅する。
そんな気持ちを見透かしたような梨華の視線が、さらに美貴の顔を赤くさせた。



「そ、そういう意味じゃなくて、さ・・・。」
「どういう意味?」
「す、好きな人・・・とか。」
「だから、美貴ちゃんだってば。」
「え・・・。それって・・・。」
「私は美貴ちゃんが好きだよ。」



さらりと、何でもない事のように。いつもの口調でそんな事言うから。
冗談かと思ったけど、そうでもない。みたいな。



「ねぇ、美貴ちゃん。私の事、ずっと好きだったでしょ?」



ああ、美貴が必死に真っ赤になった顔を隠したりしなくても。
全部、梨華には伝わっていたんだ。

だから美貴は、真っ赤になった顔を隠すことなく、素直に頷いた。

梨華は満足そうに笑って。

隣に座って、美貴の体を抱きしめた。



「ここに辿りつくまで、長かったなぁ。」



梨華が呟いた言葉で、梨華も同じような気持ちをずっと抱えていたと知った。






「そういえばさ、何で美貴がキショいって言っても笑ってたの?」
「なんていうか、その言葉に美貴ちゃんの悪意が感じられなくって。それどころが愛情を感じてたからかなぁ。」

その頃から、美貴が意識しないところで梨華ちゃんを好きだったのかもしれないと思ったのは、それから数ヶ月後だった。



END