ペットボトルの刹那

「これ新作なんだー。」
「うわあ!おいしそう!食べよ、食べよ!!」

楽屋には長机が2列用意されていた。
向こう側のテーブルで私に背を向けて楽しそうにしている2人を、頬杖をついて眺めていた。

さっきまでベリキューメンバー総勢12人がちょうど半々に分かれてテーブルにお菓子を広げてわいわいやっていた。
みんなの食べる勢いがすごくてみんなが持ち寄ったお菓子はあっという間になくなった。
するとみやが「あのお菓子が食べたい!隣のコンビニに買い物行ってくる!」と突然立ち上がった。
隣をキープしてたちっさーが「じゃあ私も行く!」と立ち上がり。
「みやが行くなら。」とキャプテンとりさこが同時に立ち上がり。
「なんかおもしろそう。」と千奈美が立ち上がり。
「え、じゃあまいも行くー。」と舞も立ち上がり。
「じゃあみんなで行こう!」と桃子が立ち上がり。
ぞろぞろと楽屋を出て行く中、「ちょ、待って!」となっきぃが慌てて立ち上がって、みんなに付いて行こうと駆け足で楽屋を出て行った。

「まぁは行かないの?」

一度楽屋を出て戻ってきた千奈美の問いかけに、無言で行かないと合図をする。
私の視線に気がついた千奈美がちらっと2人に目を向けて「ああ。」と全てを悟ったように頷いた。
それから私の肩を軽くポンっと叩いて「まぁと舞美の分も何か買ってくるから。」って笑顔で言って楽屋を出て行った。
舞美はマネージャーと打ち合わせ中でこの場にいなかった。
今、楽屋にいるのは私と、視線の先で楽しそうにしている愛理と熊井ちゃん。

「はぁ・・・。」

溜息をついたと当時に楽屋のドアが開いて舞美が入ってきた。
反射的に振り返ると、舞美が2人を見て一瞬寂しそうな顔をした。愛理は気がつかない。

「まぁ・・・あれ?みんなは?」

私の隣に座ってがらんとした楽屋を見渡す舞美にみんなが買い物に行った事を告げる。

「まぁは行かなかったの?」
「うん・・・気になるから、さ。」

大きくて細っこい背中をずっと見ていたくて。熊井ちゃんも気がつかない。

舞美もまた頬杖をついて溜息をついた。
楽屋に入ってきた事も気づかれないなんてこんな寂しい事ないだろうな。恋人同士なのに。
私と熊井ちゃんはそういうのじゃない。気づかれなくても当然だから。
だから気づいて欲しいのかと言われたら何か違う気もして、だけど熊井ちゃんがもし自分を好きだと思ってくれたらこれ以上嬉しい事はなくって。
舞美と愛理を見てたらあんな風になれたらいいなーとは思うけど、でも実際どうなんだろう。

相変わらず抹茶のおいしさについてダジャレとマジレスが入り混じった会話を楽しそうにしている。
喉も心も渇いて、せめて喉を潤そうとカバンの中から持参したお茶を取り出そうとした。
でも、用意して忘れてきたのか見当たらない。そういえばテーブルの上に置いてそのままだった。

「まぁ?どうしたの?」
「あ、お茶忘れてきちゃって。やっぱりみんなと一緒に買い物行ってお茶買ってきたらよかったな・・・。」

自虐的に笑うと、同じ気持ちを抱えてる舞美もまた同じように笑った。
でも実際買い物行く前に飲み物がないのを知っていて買い物行ったかといえばきっと行かなかっただろう。
目を離したくない、そんな気持ちが最近強くて制御するのもホントは辛い。

「これ、よかったら飲む?」

手渡されたペットボトル。舞美の飲みかけ。
普段は回し飲みも気にならないのに、一瞬意識するとちょっと恥ずかしい。
でも出来たら早く喉を潤したくって、ありがたくお茶をちょうだいした。
ごくごく、染み込んでいく液体が気持ちいい。

飲み終えて舞美にペットボトルを戻すと、「あー!」って声が聞こえてびっくりして体がびくっとなる。
声の元は愛理だった。

「間接キスー!!」

いつから見ていたんだろうか、舞美が楽屋に戻ってきたのも気づかなかったくせに。
愛理が怒っている横でにやにやしてる熊井ちゃん。
ああ、なんにもわかってない。悔しい。
愛理が舞美の隣に座ってあーだこーだ怒っているから居づらくてさっきまで愛理が座っていた熊井ちゃんの隣に座った。
目の前には空になった抹茶味のお菓子。

「まぁも食べたかった?」

食べたいから見ていたわけじゃないのにな。なんにもわかってない。
一緒にいたかっただけなんだよ。言ったらどうなるのかな。

「食べたかったな。」

でもこう答えちゃう自分がいる。それでいいんだよね、きっと。

「じゃあ今度食べよう!この前食べたやつおいしかったんだー。」

熊井ちゃんが子供のように嬉しそうに笑ってくれるならそれでいい。それは本心で。
私も笑うと、すっと目の前にペットボトルが差し出される。

「舞美の飲みかけだと愛理に怒られるでしょ?うちのなら平気だから。」

何の気持ちもない、だからこそ差し出されたペットボトル。
顔が一気に熱くなる。喉が急速に渇く。
ペットボトルの飲み口に目が行く。胸がばくばくばくばく。うるさくてかき消すように一気に飲んだ。
喉も心も潤される。熊井ちゃんだからなんだ。切なくて泣きたくなる。

胸の奥がぎゅうってするの、熊井ちゃんどうしたらいい?

飲み終わってペットボトルを手渡す時に触れた指先があったかくて痛い。
じんじんする気がするのは心が痛いから。

「まぁ?」

そんな私の様子に心配する声がさらに刹那を運ぶ。

「ちょっと疲れちゃったな。」

そのまま熊井ちゃんに体を預けるようによしかかった。
右半分に感じる熊井ちゃんの体温。甘えたい気持ちに似た感情に任せてみんなが帰ってくる今だけ・・・。



「ただいまー!」



その声に反射的に体を元に戻した。まだ1分も経ってないのに。
愛理と舞美が揉めているのをみんなが笑い、からかいながら見ている中、千奈美だけが私を見てにっこり笑っていた。



END