桜サク @

私はある日の早朝、公園のベンチに座ってた。
なんか、何もかもどーでもよくなっちゃって、学校行くかこのままサボるか…なんて考えてた。
もうすぐ受験だっていうのに、成績がうまく上がらない。
うまくいかない時は何をやってもダメで、この前は派手に転んだ。
その他にも忘れ物したりとか、約束忘れちゃったりとか・・・。

そういうの発散したくても、実際は受験から逃げる事は出来ないし、勉強だってやらなきゃならない。
だから今日は家を早く出た。学校で自習しようと思ったから。

でも実際には公園に足が向いてた。
どうしてかはわかんない。ただ少しだけ、これが気分転換になればいいなって思ったのかも。
こんなに天気もいいし、静かで空気も凛としていて、気持ちがいい。
時間の流れも穏やかに感じた。

少しくらい、いいよね。
こんなにも気持ちがいい朝だから。
少しくらい、サボってみてもいいよね。



視線の先では、女の人がグラウンドを何周も走っていた。
彼女の全身から輝きを感じた。
太陽の光はまるで、彼女の為に降り注いでるみたいで・・・自分とは全く対照的に思えて、思わず苦笑いをした。
なんとなく目で追ってたら、彼女は立ち止まって少し苦しそうに息をしてるように見えた。
ひざに手をあてて、上半身は呼吸と同調して揺れていた。
だけどすぐに彼女は立ち上がり、肩に回していたタオルで顔を拭きながらこっちに向かって歩いてきた。

わかってたんだけど、ボーっとしてて・・・気がついたらかなり近い距離に、彼女がいた。
なんとなく気まずくて慌てて目を反らして、携帯をいじるフリをした。
彼女はいつから私に気づいていたのかわからないけれど、そのまま近づいてきて・・・私の隣にドガッと座った。
よく見たら、ベンチの横に彼女のカバン。

あまりに気まずさに、ベンチから立ち上がろうとした時だった。

「その制服、私も着てたんだよ。」

彼女は私の顔を見て、にっこりと笑った。

「そうなんですか・・・。」
「うん、うん!なつかしいなぁ。」

さっきまで乱れてた彼女の呼吸はもう普通に戻っていて、でも汗は次から次へと流れていた。
時々、その汗をタオルで拭く。

「ねぇ、何年生?」
「3年、ですけど。」
「そっかぁー。もうすぐ卒業だね。その前に受験かぁ。」

『受験』という単語が出てきて、急にスッと現実に戻された気がした。
さっきまでサボっちゃおうとか思ってたけど、本当に心から思ってたわけじゃなかったから、実際はちゃんと学校に行く。
だけど、行ったらまた勉強、勉強・・・。
勉強が嫌いというわけじゃないけど、今は気が乗らない。

思わず俯いたその先に、急に彼女の顔が見えた。
しゃがみこんで、私の顔を見上げてた。

「なんか落ち込んでるの?」
「なんか。勉強したくないんですよね。」

そう言うと「あー」とか「うー」とか言って考え込むような顔をした。

「でもね、それが実った時ってすっごい気持ちいいよ。だから、頑張って!」

いつもならそんな事言われても卑屈にしか思えなかった、のに。
純粋でホントに純粋で。屈託のない笑顔で。
頭を撫でられて。また微笑まれて。

そしたらホントに心から頑張ろうって、そう思えた。
気持ちがすごくスッキリした。急に晴れ晴れしくなった。

「頑張ってみる。」
「うん!応援してるからね!」

彼女はそう言って、嬉しそうに笑ってくれた。
その笑顔の為に頑張りたいって・・・思ってしまった。



それが、一目惚れ・・・に近いモノだった。



あれから、私は勉強に集中できた。結果もついてきた。
くじけそうになった時、彼女の笑顔を思い浮かべた。
受験に合格したら、結果を知らせに行こうって、いつからかそう思うようになった。
そう思ったら、もっと頑張れた。
彼女の存在が、会えない間にどんどん大きくなっていくのを感じた。
彼女に会いたかった。
でも、私が知ってるのは彼女の走ってる姿とあの笑顔だけで、あとは何も知らない。
だから、次に会う時はもっと知りたい、とまで思うようになっていた。

そして、短くて長い日々が終わった。
私は合格した。

次の日の朝、私はあの公園に向かった。
そこには、この前と同じようにグラウンドを走ってる彼女がいた。

短い髪が揺れる。
朝日で汗がキラキラ光る。
ぴしっと正された姿勢、すらりと細いカラダのラインがとても綺麗だった。

ベンチに座ると、彼女はちらりとこっちを見て、私だとわかったのか大きく手をぶんぶん振った。
控えめに振り返すと、私の方へ向かって走ってきた。

「久しぶり!元気だった?」
「はい。あのー。」

彼女は相変わらずな笑顔で私の言葉を待っていた。
あの時、彼女の事を意識してしまってからずーっと、会いたかったのに。
いざ目の前にするとうまく言葉が出てこない。
彼女はなかなか言葉を発しない事に頭にはてなマークを浮かべてる。

「どうしたの?」

優しく頭を撫でてくれるその体温にもドキドキする。

「受験、合格した。受かったんです。」

言えた!って思って彼女の顔を見ようとしたら、急にカラダが包み込まれた。
彼女の汗の匂いと、熱いくらいの体温が私のカラダを包む。

「おめでとぉー!あれからずっと、気になってたんだ。ホントに・・・おめでとう!」

ガーッと抱きしめられる。
それが恥ずかしくて、顔が熱く、赤くなるのが自分でもわかった。
離して欲しくないなぁって思っちゃう。

だけど、そのぬくもりはパッと急になくなった。

「ごめんっ!汗くさかったよね。ごめん、ごめん。」

急にカラダを離されて、冷えていく体温を寂しく思った。。
だから、いつもの自分だったら絶対にしないだろう・・・もう1度彼女の腕の中に入った。

「あっ・・え?」
「もう少しだけ、いいですか?」
「あー。」

彼女が私をまた抱きしめてくれる。
目の前に見えた耳が赤くなっていた。
照れてるのかなって思ったら、なんだかすごくかわいく思えて、私は腕の中で笑った。
そしたら彼女も笑って、私のカラダを強く強く、抱きしめた。

「あの。合格祝い、もらえませんか?」
「え?何?」
「あの・・・よかったら、デートしてください。」

ホントは言いたかったけど、言えないだろうなって思ってた事だった。
だけど、さっきまで言葉が出ないほどだったのに、すんなりと言葉が出た。
彼女だったら、叶えてくれる。そんな気がしたから。

少しだけカラダを離して、彼女は私の顔を見た。
少し驚いた顔をしてたけど、すぐに笑顔になる。

「うん。デートしよっか!」

照れているのか、無駄に大きな声でそう言うから、私はまた笑った。
そしたら彼女はすごく恥ずかしそうにしてるから、私は彼女のカラダをぎゅうって抱きしめた。

「じゃあ、まず自己紹介ね。私、矢島舞美です。」
「鈴木愛理です。」

受験は終わったけど、私の恋は今始まったばかり。
こんなにも嬉しくてふわふわして楽しい気持ちにさせてくれた彼女を、これからもっともっと、知っていくんだ。



END