桜サク I 「愛理の誕生日、泊まりに行ってもいい?」
学校が始まってなかなか会えなくて、それまであんな風に毎日のように会えていたのが夢にさえ思える。 付き合うようになって、まともに会った事はまだない。 だから頑張って早起きして、あの公園に行くようにはしてた。してたんだけど、やっぱりまだ慣れない生活の疲れが眠りをより深くさせていた。 なんとか公園に行けても、その後にお互い学校があるから、あまり長くゆっくりと話す事は出来なかった。 だから、泊まりに来てくれるのが嬉しくて仕方なかった。待ち遠しくって、誕生日とかそういうのどうでもよくて。 こうして電話をするのだってすごく嬉しいんだけど。ただ、舞美ちゃんに会いたかった。 会って、ぬくもりやにおいに触れたかった。 誕生日は平日。その前の土日だったらもっとゆっくり出来るって言ったんだけど、舞美ちゃんはそれを拒否する。 「だって、誕生日を祝いたいんだもん。」 嬉しくて、幸せで、いいんだろうか。 胸の奥が激しく熱いのではなく、じんわりとあったかくなる。 電話の向こうで舞美ちゃんが優しく笑ってくれているのが浮かんできた。 「愛理のお家には迷惑かもしれないけど・・・愛理の誕生日に愛理が家にいないと家族のみんな、がっかりしちゃうもんね。」 こうして、誰よりも私の事を考えてくれる舞美ちゃんの優しさがすごく心地よくって、大好き。 「じゃあ、12日ね。」 「うん!楽しみにしてるね。」 お母さんにごちそうおねだりしなきゃ。後は・・・学校終わったらすぐ帰ってこなきゃ。 心が弾むってこういう事を言うんだって思うと、寝る支度をする動作までもが弾んでいるようだった。 当日、学校が終わって一番に教室を飛び出した。 廊下は走っちゃいけない、いつもだったらルールに従う私も、今日ばかりは守れない。 靴を履こうとしたら、慌てすぎてうまく履けない。履きながら私は学校を飛び出した。 早く、会いたい。 風の中に春のにおいを感じながら、私は走った。 こんな事だったら、舞美ちゃんと一緒に走っておけばよかったと思った。思ったよりもスピードが出ない、だけど必死に走った。 舞美ちゃんほどじゃないけど、汗だくになっちゃって家に着いたらすぐにシャワーを浴びようと玄関に飛び込んだ。 「ただいまー!!」 靴を脱ごうとして、ふと家族以外の靴を見つけた。 誰か来てるのかな・・・と思ってリビングに行くと・・・。 ずっと、ずっと会いたかった舞美ちゃんが、いた。 お母さんと談笑していたのか、私に気がついた舞美ちゃんはふわりと笑顔になる。 「おかえりー。」 「たっ、ただいまっ。」 ああ、こんな汗だくなのに・・・どうして舞美ちゃん、いるの? 嬉しいけど・・・嬉しいんだけど。せっかくの誕生日だから少しかわいい姿見せたかったのに。 でもきっとそんな事気にしてないんだろう。舞美ちゃんはすっと立ち上がって「部屋に行こうか?」って私の肩に手を回す。 お母さんがいるのが何だか恥ずかしくって、私は足早に部屋に入った。 部屋に入ると、舞美ちゃんが私を見て止まっていた。 「どうしたの?」 「愛理の制服姿、やっぱかわいい。」 そう言われた途端、素直に顔が真っ赤になる。片想いでも両想いになっても、やっぱりそんな事言われたら恥ずかしくて・・・嬉しい。 舞美ちゃんは私を腕の中に引き寄せた。久しぶりの舞美ちゃんのにおいが切ないくらいに私の心を動かす。 ずっとずっと感じたかった。 舞美ちゃんの背中に腕を回すと、同じように返って来る力が嬉しくって、もっともっと引き寄せて・・・。 「だ、だめっ。」 思わず舞美ちゃんを突き離した。忘れてた。私、今すごく汗くさい・・・。 舞美ちゃんは私に突き離されて、驚いた表情からひどく寂しそうな表情に変わった。 「違くて・・・。あの、汗くさいし・・・。」 そう言うと、舞美ちゃんは「なーんだ。」って笑った。 舞美ちゃんは笑うけど・・・これも乙女COCORO。汗くさいの恥ずかしい。 「だって、愛理。いつも私が走った後に汗のにおいしても嫌じゃないって言うでしょ?」 「舞美ちゃんのは嫌じゃない。」 「だったら、私も同じだよ?」 ふと思う。片想いから始まった恋。それに悲しくも慣れてしまっていたんだろうか。 「愛理。来て?」 両手を広げて嬉しそうに、だけど恥ずかしそうに笑う舞美ちゃんの腕に、私は思いっきり飛びついた。 「ねぇ、制服・・・脱がせたい。」 「えっ?」 やっぱり舞美ちゃん、そーいう趣味あるんじゃないかと、思う。 舞美ちゃんが私の答えを聞かずに、するりと舞美ちゃんから貰ったタイを外す。 そして、胸のホックに手をかけて・・・。 「す、すとっぷ!」 慌ててその手を掴む。 舞美ちゃんがちょっと・・・寂しそうな顔して私を見る。 そういう顔、ずるいなぁ・・・続きさせてあげたくなっちゃう。 だけど、急にハッとした顔をして顔を真っ赤にして、舞美ちゃんが慌てて手を引っ込めた。 「あ・・・ごめん。っていうか。ごめん。」 舞美ちゃん、もしかして無意識だった?なんかすごくかわいい。どうしよう。 慌てたように、私から離れてくるっと回転して背を向ける。 「見ないから・・・着替えていいよ。」 あまりにかわいくって、私はその背中に抱きついた。 「あ、愛理っ。」 「えへへ。舞美ちゃん、大好き。」 背中越しに熱が伝わる。私、幸せだ。今、すごく。 結局そのままシャワーを浴びて、家族と舞美ちゃんと食事をした。 いつもより豪華なご馳走と、舞美ちゃんと一緒に食事をしてるという事で、幸せな顔になる。 そんな私を見て「愛理のおいしい顔、かわいい。」って家族の前で言うから、ホントに恥ずかしい。でもそういうのさらっと言っちゃうのが舞美ちゃんらしくて嬉しかった。 わいわいみんなでご飯を食べ終えた後に、デザートが出てきた。 お母さんが今まで作ったのを見た事がないものだった。でも明らかに手作り。 それをスプーンですくって、口に入れた。何故かお母さんと舞美ちゃんが私が食べる姿を凝視してる。 もしかしてもしかして。なんかヘンなもの入ってる、とか? そういえば、舞美ちゃん・・・砂糖にご飯かけられても気づかない事があったとか言ってたなぁ。 そう思って食べてみたけど・・・普通にというか、とてもおいしい。 「どう?」 「おいし、い。」 そう言うと、お母さんと舞美ちゃんが嬉しそうに笑う。 「え?何?」 やっぱりヘンなもの入ってる? もう1度、口に運んで口の中でゆっくりと味わってみたけど・・・やっぱりおいしい。 「それね、舞美ちゃんが家に早く来て作ったんだよ。」 「えっ?」 隣に座ってる舞美ちゃんを見た。安心したように笑って私を見てる。 舞美ちゃんと付き合ってはいても、まだまだ知りあって日が浅いし、知らない事が多い。 まさか、私の為にこんな風に作ってくれるだなんて思いもしなかった。 「舞美ちゃん、おいしい。」 私は次々にクリームブリュレを口に運んだ。甘くて優しくて真っ直ぐで、そして不器用な味がした。 デザートを食べ終えて、私はまたシャワーを浴びて、舞美ちゃんもシャワーを浴びた。 ドライヤーで髪を乾かしていたら、舞美ちゃんがタオルを首にかけたまま私の後ろに立った。 「乾かしてあげる。」 私の手からドライヤーを取り上げると、舞美ちゃんが私の髪を乾かし始めた。 鼻歌を歌いながら、優しくするすると私の髪に触れる。それが気持ちよくって思わず目を閉じた。 「愛理の髪、綺麗。」 目を開けると、愛おしそうに髪の先を触っている舞美ちゃんがいた。 そう言えば、舞美ちゃんだってすごく髪が長かった。 「舞美ちゃんは、どうして髪切ったの?」 その私の言葉に、舞美ちゃんの瞳が揺れた。 それで気がついてしまった。どうしてわからなかったんだろう・・・心がぎゅうって握りつぶされたみたいに、痛み出す。 それは、あの人のせい、なんだろう。 鏡越しの舞美ちゃんは静かに目を伏せた。 ごめんなさい。その質問の答えはいらないよって言えたらどんなにお互い楽だろう。だけどもう取り消す事も出来ない。 「髪切って、諦めようとしたから。」 ウソをつけないから。ホントに不器用だよね、舞美ちゃん。 気分転換とか、切りたくなっただけとか、言おうと思えば理由なんてたくさんあるのに・・・。 私は立ち上がって、舞美ちゃんを抱きしめようとした。 だけどそれより早く、舞美ちゃんの腕が私のカラダに伸びてきて、後ろから抱きしめられた。 「でもね、今は愛理が好きだから。ちゃんと、好きだから。」 うん、わかってる・・・ごめんなさい。だから、そんなに切なくて苦しい声・・・出さないで・・・。 そんな事言わせたかったわけじゃない・・・。 首だけで舞美ちゃんに振り返った。至近距離で目が合う。 吸い込まれるように唇を重ねた。 全部全部、受け止めるから、どうか・・・そんなに苦しまないで。 想いを込めて、私は舞美ちゃんの唇に触れた。苦しそうな声が漏れて止まらない。 そのまま体を回転させて、向き合ってそれでも唇を離さなかった。離したくなかった。 そうしているうちに、苦しくなったのか舞美ちゃんが唇を離した。 部屋にはお互いに乱れた呼吸の音しかしない。見つめ合ったまま、呼吸を整える。 「舞美ちゃん。好き。」 何度しただろう告白をすると、息を乱したままで微笑む舞美ちゃんの全てが欲しくて、私はまた愛おしい唇に口づけた。 触れる度にどんどん触れたくなっていく衝動。止まれなくなる衝動。 そして、もっともっと触れたくなる衝動。 この前の行為を思い出した。するとカラダの熱が一気に上がった。 髪がまだ半乾きだとか、まだまだゆったりとお話したいだとか、そういうのが全部、一気に吹っ飛んだ。 首筋に唇を落とすと、塞がれていない口から声が漏れた。 そのまま唇でなぞるように鎖骨に触れようとして、舞美ちゃんが体を引いた。 「この前はしてくれたから・・・今日は私が、したい。」 私はいつも触れたいと思っていた。それは片想いの時も、そして両想いになった今も。 舞美ちゃんが私の手を引いてベッドに寝かせた。 私に跨って恥ずかしそうに一瞬笑った後、唇が重なった。 舞美ちゃんの手が、私の頬に触れ、そして首筋に触れ、そして胸に触れた。 自分でも信じられないような甘い声が出て恥ずかしい。 必死に声を出さないようにって思うけれど、そんな思考はホントはもう持っていない。 そのくらい、舞美ちゃんに触れられるところに神経が行っていた。 パジャマの隙間から舞美ちゃんの手が入り込んで、ゆっくりとお腹から上に動く。 そして、胸のところで1度止まる。閉じていた目を開けると、舞美ちゃんはふんわりと笑った。 「愛理、緊張しすぎ。」 だけどそう言う舞美ちゃんも緊張していた。微かに手が震えてる。 それがなんだかおかしくって、少しだけ緊張が解れた。 そんな私の表情を確認して、舞美ちゃんの手が再び動き始めた。 胸の先に舞美ちゃんの手が触れた瞬間、今までにない刺激が体中に走った。 「愛理、愛理」って何度も耳元で名前を呼ばれた。 触れられているところだけじゃなくて、カラダも心も舞美ちゃんを感じていた。 カラダの熱がどんどん上がっていく。背中が反って腰のあたりがもぞもぞと動く。 それが恥ずかしくて我慢しようとしても、舞美ちゃんに触れられると我慢なんて出来なかった。 思わず漏れた声が、思わず反応するカラダが、思わず込み上げる感情が。 全てが好きだという想いだと思うと、涙が出るくらい嬉しかった。 舞美ちゃんが好きだ。 触れられるという初めての喜びが、カラダ全体に広がる。 舞美ちゃんの手が、私のふとももに触れた。ぴくん、とカラダが震えた。 そのまま、ゆっくりと舞美ちゃんの手がそこに触れた。それで自分のそこが濡れている事を知った。 その手が少し上にずれて、膨らんだところに触れた時、今までで1番の刺激がカラダを走った。 舞美ちゃんの手の動きに合わせて、私の腰が動いた。意識的に動いているわけではない。感じるままに動く。 「愛理。」耳元に唇を当てて囁かれる。声が掠れてた。 舞美ちゃんの名を呼びたくても、出てくるのは乱れた甘い声。 動きが早くなっていくにつれて、私の動きも早くなる。 「愛理。好き。」 この言葉に心が震えた。同時にカラダも震えた。 心と体が繋がっているってこういう事を言うのかもしれないと思う。 私は舞美ちゃんにぎゅうっとしがみついた。痛いくらい力を入れたかもしれない。だけど、それを思う余裕もなかった。 一気に登りつめて行ったカラダの熱が放出され、私はそのまま舞美ちゃんに抱きしめられた。 息が整わなくって肩で息をしていると、それをなだめるように優しく背中をさすってくれる。 急に恥ずかしくなって、舞美ちゃんのカラダに抱きつくと頭を撫でられた。 「愛理、かわいかった。」 そんな事ない、ぶんぶん首を横に振ったけど「かわいい」ってまた耳元で囁かれて、顔が熱くなる。 まともに舞美ちゃんの顔を見るのが恥ずかしくって俯いてたら、顔を上げられた。 舞美ちゃんの顔もまた赤く染まっていた。それがなんだか嬉しい。 「舞美ちゃん、好き。」 どうして好きという言葉でしか伝えられないんだろうともどかしく思う。 もっと、心の内を伝えられたらいいのに。だけどそれじゃきっと、こんな愛おしい気持ちにならないのかもしれない。 目の前で顔を赤くして微笑んでくれる、この人が好きで好きでたまらない。 たまらなく、愛しい。 「今度は、制服脱がしたいなぁ。」 ベッドの中で抱き合いながら、ぼそりと舞美ちゃんがそんな事を呟いた。 「舞美ちゃん、ホントは私が好きなんじゃなくて高校生が好きなんじゃないの?」 怒ったフリして、腕の中から抜け出して背中を向けた。案の定、舞美ちゃんは慌てて「ち、違うってば!」とか言ってる。 この前から制服制服って言うから・・・ちょっと意地悪。だって、制服フェチって・・・なんか・・・その・・・いやらしいっていうか・・・。 「違くて・・・愛理がかわいいから、だよ・・・。」 背中から抱きしめられる。足が絡められる。 振り返ったら、しょんぼりしてる舞美ちゃんがかわいくて、意地悪しちゃった事を少し後悔する。 「今度、ね。」 そう言うと、舞美ちゃんの目がキラキラ輝いて、何度もうんうんって頷く。 やっぱりそういう趣味、あるのかな・・・。でも、嬉しそうだからいいよって思っちゃうなんて、そうとう重症だと思う。 舞美ちゃんだから・・・するんだからね。 そう言う代わりに口づけた。 「あっ。」 舞美ちゃんが急に声を出して、唇を離す。 どうしたのかなって思ってたら、テーブルに置いてあった携帯に手を伸ばした。すぐにパタンと携帯を閉じると、舞美ちゃんがふんわり微笑んだ。 「誕生日、あと1分で終わっちゃう。」 今年は舞美ちゃんと一緒にいられて幸せだった。これからもずーっと一緒に祝っていきたい。 来年も、再来年も・・・ずーっと。 END |
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