桜サク A

お互いに名前を名乗った後、私たちは携帯の番号を交換して別れた。
それだけですごく嬉しく思ったのは、ナイショ。
何度も彼女の名前と電話番号とメールアドレスを見る。
そしてにやにやしちゃうの、自分でもホントに気持ち悪いって思うんだけど、止まらない。

それから数日、何通かメールのやりとりをした。
デートの日は私に合わせてくれて、そういうところホントに優しいなって思う。
別にいつでもよかったし、すぐにでも会いたかったけど、それももったいない気がして1週間後にしてもらった。
<合格祝いに何か買ってあげるね>ってメールくれたけど、何もいらなくて舞美ちゃんがいればいい。

それからの1週間は、長かったような短かったような・・・。
毎日何度も服装のチェックをしたし、どんなところに行こうかとか頭の中で何度もシュミレーションをした。
1週間じゃ変わらないかもしれないけど、ご飯の食べる量も少し減らしてみた。

前日、舞美ちゃんから電話が来た。
メールがほとんどだったから、電話は少し緊張した。

「明日は・・・家も近いし駅で待ち合わせしよっか?」

舞美ちゃんはそう言って「時間は・・・えーっとねぇ。愛理は何時がいい?」って。
相変わらず優しい。
でも、私は舞美ちゃんにお願いがあった。

「あのね、待ち合わせ・・・公園がいい。」
「え?だって駅から反対方向だよ?」
「舞美ちゃんの走るとこ、見たい。」
「えー?走るとこ見てもつまらなくない?」
「ううん、見たいの。」

そう言うと、少しの沈黙があって「いいよ。」って返してくれた。

「じゃあ、7時に公園ね。」

「楽しみだねー。」って電話越しに聞こえる声が嬉しくて仕方ない。
無理矢理誘ったデートだけど、そう言ってくれるとホントに嬉しかった。



私と舞美ちゃんの原点は、あの公園。
私と舞美ちゃんを出会わせてくれたところだから。
だから、初めてデートをする今日、どうしてもここで走ってる姿が見たかった。



相変わらずぴしっと正された姿勢で綺麗に走る舞美ちゃん。
30分くらいランニングをした後、すっごいスピードでベンチに座ってる私の元へ走ってきた。

「ごめんね。つまんなくなかった?」

私はその言葉に答える代わりに、持ってきたタオルで汗を拭いてあげた。
顔を真っ赤にして照れてるのがかわいくて、流れ出る汗を拭いていくと「愛理のにおいがする」って言われて、ドキドキした。
人を好きになるって、こんなにも好きな人の言葉や仕草に一喜一憂されるんだって、改めて気がついた。

ミネラルウォーターを差し出したら、すごい勢いでごくごく飲んだ。
その揺れる喉から、目が、離せなくて・・・。

自分の気持ちの奥の、好きになったら普通にあるだろう、欲望に気がついた。

振り払おうとぶんぶん頭を振ったら、「どうしたの?」って笑われた。
言えるはずない。舞美ちゃんに触れたくなった、だなんて。



それから舞美ちゃんがシャワーを浴びたいって言うから、一度家に帰ろうかと思ったんだけど、「家来る?」って言ってくれた。
好きな人の家に初めて行く事に少し緊張してたら、舞美ちゃんは頭を撫でてふんわり笑った。

「なんか、ごめんね。朝早くに。」

私がお願いした事なのに、何故か舞美ちゃんは謝る。

「ううん。私がお願いした事だから。」
「うん。」

目を細めて笑ってくれるその笑顔が好き。
思い切ってすぐ近くで揺れてる右手に、手を伸ばしてみた。
そしたら、舞美ちゃんは驚いて私の顔を見る。
目を合わせられなくて俯いたら、名前を呼ばれた。

「愛理、こっちの手でもいい?」

一度手が離れて、舞美ちゃんが私の右側に移動した。
そして、左手で私の右手をぎゅっと握った。
恥ずかしさを誤魔化すためなのか、手をぶんぶん振るところがかわいい。
嬉しすぎて、どうして右手じゃダメだったのか、そんな事考える事もしなかった。

冷静でいられたら、その時に気づいたかもしれなかったのに。



初めて入る舞美ちゃんの部屋は、とてもかわいらしくて、でも私よりも少しオトナな雰囲気のシンプルな部屋だった。

「ガーッとシャワーしてくるから待っててね。」

そう言うと、舞美ちゃんは私の頭を撫でた。
うんって頷いて見せると、舞美ちゃんは部屋を出て行った。

それを見届けて、きょろきょろと部屋を見回した。
いろいろ見たりしたいけど、それはしない。
でもなんだか落ち着かないし・・・どうしようかと思ったら、コルクボードに貼られた写真達を発見した。
これは・・・見てもいいよね?

その写真は高校の写真らしかった。
驚いたのは、舞美ちゃんの髪がとっても長い事。
髪切ったのって、最近なのかな?
私の知らない舞美ちゃんがたくさんいる気がした。
私に見せてくれる姿、全部ホントの姿なんだけど・・・。まだたくさんたくさん知らない舞美ちゃんがいる。
これからもっともっと知っていけるかな?

そう思ってもう一度写真を見返す。
さっきは舞美ちゃんにしか目が行かなかったけど、よく見るとどの写真にも写ってる人がいた。
何人かでも写ってるし、舞美ちゃんとふたりでも写ってる。
ふたりで写ってるのは3枚。風景も格好も違うけど、どれも同じような構図。
舞美ちゃんと同じくらい・・・それより大きいくらいの、女の人。
すごく仲よさそうに写ってる。ふたりとも楽しいって雰囲気が滲み出てるような・・・。

それに気をとられていて、気づくのが遅れた。
ドアの開く音がして急いで振り返ったら、舞美ちゃんが驚いた顔をして立っていた。

「ご、ごめんなさい。勝手に写真見て・・・。」

驚いた顔だと思ったけど、何か違う・・・私が見た事ない顔をしてて。
舞美ちゃんは唇を噛み締めて、私の元へ近づいてきた。

怒られる、って思った。

ぎゅっと目を閉じたら、すぐそばに舞美ちゃんがいるのがわかった。
その瞬間、舞美ちゃんの体温に包まれた。

「怒ってないよ?」

目を開けて舞美ちゃんの顔を見たら、泣き出しそうな顔、してた。

「舞美ちゃ・・・。」
「愛理は私に助けられたって言ってくれたけど、私こそ愛理に助けられたんだよ。」

意味がわからなくて、私は舞美ちゃんの顔を見ようとした。
だけどその顔は見れなかった。
舞美ちゃんは私をぎゅうって、強く強く抱きしめた。
吐き出される熱い息が私の首筋にかかる。

「私ね、この間、失恋したんだ。」

思いもしない言葉が出てきて、私は言葉を失った・・・。



「いろいろ忘れたくて、いつもよりもたくさん走ってたの。どんなに疲れても足が痛くても、ずっと走っていたかったの。」

舞美ちゃんは私を抱きしめたまま、話をしてくれた。

ずっと好きな人がいた事。
その人とはホントに仲がよくていつも一緒にいた事。
恋人になれなくてもずっとこうしてそばにいたいと思ってた事。
でも、卒業を目の前にして離れるのはイヤだって思った事。

そして、今日。飛び立ってしまう事。

言葉に詰まりながら一生懸命話してくれた。
時々舞美ちゃんのカラダが震えたから、私は背中に手を回して撫で続けた。

「その人ね、卒業したらここを離れて遠くの大学に行くの。だからもう会えないんだ。」

話を聞いて思い出した。
そういえば、さっきの写真。同じ構図だと思った写真。
右手はいつもその人の左手と繋がれていたんだ。
舞美ちゃんがさっき繋いだ手を反対の手で握り返したのは、その人と同じ手で私と手を繋げなかったから・・・なんだ。

「あの時愛理に話しかけて、頑張れって言った後に私はどうなんだろうって。頑張れって結構キツい言葉だったんじゃないかなって。」

そんな事ない、そう思ってても言葉が出てこなかった。
だからせめてもの意思表示で首を横に降った。
そしたら、頭を撫でられた。

でもそれで。
私を撫でる手はいつも左手だった事にも気がついてしまった。

「それで、告白したんだ。愛理は受験頑張ってる。私も頑張らなきゃって思って。でもね、ダメだったんだ。」

首筋に舞美ちゃんの涙が落ちた。

「偉そうに頑張れとか言ってごめんね。愛理・・・。」

こんな時まで私に気を使う舞美ちゃんは優しい。
優しいけど、残酷だ。
だけどそれも愛おしくて、私は「そんなことない。」って耳元で呟いた。
掠れた声は、舞美ちゃんにちゃんと届いたみたいで、「ありがとう。」って小さくて震えた声が届いた。

「せめてもの抵抗で、友達は見送りに空港行くって言ってたけど、私は行かない事にしたの。」
「抵抗?」
「うん。会ったらホントにさよならしなきゃいけない気がしたの。もう叶わない恋なんだけど、諦めるんだけど、まだ会えない。」

声を殺して舞美ちゃんが泣いてる。
押し殺した声がホントに辛そうで、痛い。

でもね・・・。

「会わないと、気持ちにけじめつかないんじゃないの?」
「つかなくて・・・いい。」

叶わない恋だって、諦めるって、さっき言ったばかりなのに、まだ全然諦める気なんてない舞美ちゃんに、私は苛立ちを感じ始めた。
会って、けじめをつけてきて欲しい。
じゃないといつまでも舞美ちゃんは前に進めない。
いつまでも叶わない恋に縛られ続けなきゃいけない。
そんなの、ダメだ。

そう思ったら、考えるより先に言葉が出ていた。
舞美ちゃんの肩を押すとカラダは簡単に離れた。
泣いた顔を見られたくないのか、私から目を反らす。

「私、舞美ちゃんが好きなの。だからけじめつけてきて欲しい。私、舞美ちゃんを幸せにしたい。」

舞美ちゃんが驚いた顔をして私を見た。
大きく開かれた目からは、まだ涙が流れていた。

「私の事、ホンの少しでも好意を持ってくれてるのなら、会ってきて欲しい。じゃないと私も前に進めない。」

そこまで言って、ハッとした。
私が言ったことは全部、自分のエゴでしかない事に。
私が楽になる為に会いに行けと言っているようなものだ。
私がどう思おうと、どうしようと、舞美ちゃんは舞美ちゃんなのに・・・。

舞美ちゃんは困った顔して笑って、私をまた抱きしめた。

「愛理。ありがと。」

優しすぎるのはずるいと思う。
それに気がついてない舞美ちゃんは、残酷だ。
だけど、そんな舞美ちゃんもやっぱり好きだ。
笑ってて欲しい。辛い顔しないで欲しい。
想いの分だけ強く抱きしめた。

「愛理、私・・・会いに行ってくるね。」

うんって頷く事しか出来なかった。
言いたい事もっとあった気がしたのに、何も言えなかった。



会ってけじめがちゃんとつけられるかなんて、私にも舞美ちゃんにもわからない。
だけど、きっと一歩進めるはずだよ。
ホントは行って欲しくなんかなかった。だけど、行かないとホントに前に進めない。
あの走ってる凛とした姿は、前に突き進めるチカラをちゃんと持ってるって思う。
じゃないと、私はこんなに舞美ちゃんからチカラを貰え、魅かれるはずなどないんだから。

いつか、何も気にせず右手でも左手でも触れる誰かが私であって欲しいって願ってる。
いますぐに、なんて言わないから・・・。



END