桜サク C

いつも走ってる事にこんなに感謝した事はなかった。

家を飛び出して、駅までひたすら走った。
汗が流れて息が切れて・・・だけどどう思われようがどうでもよかった。
駅に着いて電車に乗ったら、待ってるだけしか出来なくてもどかしく思った。
走りたい。その方が早く着くんじゃないかと思う程焦っていた。
会ったらどうすればいいのか、何を話したらいいのか、そんな事考える余裕もなかった。
やっと空港に着くと、私は人混みをすり抜けながら出発ロビーを目指して走った。

だけど・・・ロビーに着いて、えりが何時の飛行機に乗るのか知らない事に気がついた。

携帯を取り出して、えりの名前を呼び出す。
一瞬、電話するのを躊躇ったけれど、そんな余裕もなかった。
少しのコール音の後、えりが電話に出る。

「どうしたのー?」

それはとても呑気でえりらしい声だった。

「えりっ。今、どこ?」
「右見てみて。」
「へぇ?」

言われた通りに右を向くと、私を見て手をひらひら振ってるえりがいた。
近くまで走っていくと、えりは私を見て急にお腹を抱えて笑い出した。

「汗かきすぎだから!」

えりはカバンからハンドタオルを取り出して、私の汗を拭く。

「ハンドタオルじゃ拭き取れないよ。」

なんて笑って言う。
それはまるで・・・普段と同じで、私の告白も、空港に来ないって言った事もなかったみたいだった。
いつも一緒にいて仲良しで、たくさん笑って、たくさんバカやって、時には真剣な話もして・・・その時に戻ったみたいだった。
えりはまだ笑って私の汗を拭いている。

「で?電話、何か用事?」
「だって、飛行機何時か知らなかったから。」
「だって、来ないって言うから。」

そして私たちは同時に笑い出す。
他の人から見れば何がおかしいのかわかんないだろう。
でも、それでいいんだと思う。

だけどえりの表情が急に真剣なものに変わった。
えりは私の想いが真剣なのをわかってる。
あれだけいつも一緒にいたんだから、私の性格もわかってる。

「このまま・・・会わないでバイバイじゃダメな気がして・・・。」

そう言うと、えりはふわりと笑った。

「不器用だけど、真っ直ぐな舞美が、私好きだった。」
「えっ?」
「だった、なの。私、大学決める時にすごい悩んだ。舞美と離れるの寂しかった。でもね、大学でやりたい事たくさんあるんだ。」

そう言うえりの顔はすごく清々しかった。

「だから、舞美の想いは受け止められなかった。あの時ちゃんとそう言えなくてごめん。」

えりがぺこり、と頭を下げたから、なんとなく私も頭を下げる。
そしたら「意味わかんない」ってまた笑われた。

「でもね、舞美と一緒にいて楽しかった事、ずっと忘れない。」

そう言ってえりが私の右手を握った。
ぬくもりを、感触を確かめるようにやわらかく、やさしく。

「私も忘れないよ。」

そう言うのが精一杯だった。
だけどそれで全て伝えられた気がした。

手が離れて、それを寂しく思ったけれど、これでいいんだと思えた。



私はみんなが見送りに来る前に、空港を後にした。
見送る気持ちにはまだなれなかったから。
だけど、思い残す事はなかった。
けじめがついたかどうかはわかんないけど、でも気持ちはすごく晴れ晴れとしていた。
少しだけ、前に進めた気がした。
それは今だけかもしれないし、わかんないけど。
でも、えりに会えてよかった。ちゃんと笑えてよかった。

電車に揺られながら私は愛理の事を思い出していた。
どうして今日をデートの日にしちゃったんだろうと思うと、胸が痛んだ。
ホントはこうして来るつもりがなかったから、なんだけど。
でも、結局楽しみにしていただろうデートをこんな形で断る事になってしまった。

愛理が私を想って背中を押してくれた事に、ホントに感謝していた。
私は愛理の為に何をしてあげられるんだろう。

今頃、何してる、かな・・・。

ちゃんと会えた事は報告はするつもり。
でも愛理はそんな事聞いて、苦しまないだろうか。
愛理の必死な告白を思い出すたびに胸が痛む。

私を幸せにしたい、と言ってくれたあの言葉が、私の言動力になったって知ったら、愛理はどう思うかな。

だからこそ思う。
もし、私が前に進める時がきたら、その相手は愛理がいい。
愛理じゃなきゃ、ダメだって・・・。



END