桜サク F 昨日の場面がフラッシュバックする。
頬に唇で触れた時の涙の味や、頬の感触や熱。 すぐ目の前にあった唇の色、形。 ホントは触れたくて仕方なかった。 欲望のままに本能のままに。だけど出来ない。出来るはずない。 大きなため息が漏れた。 ため息に含まれたマイナスの感情が部屋全体に広がっていく気がした。 待ってる、って思ってたより、つらい。 なんていうか・・・すぐ目の前に届く距離にいるはずなのに、触れたら壊しちゃいそうな。 全てが音を立てて、ガラガラガッシャンって。 そんなの、絶対にイヤだ。 いつも何気ないメールのやりとりをしてるけど、メールをしなかったし舞美ちゃんからも来なかった。 それが不安で・・・でも何度携帯を手に持ってもメールが打てない。 だって、何てメールすればいいの・・・。 少し早めのお昼ご飯を食べる。 おかあさんがあーだこーだってさっき見てたらしいワイドショーの話をしていた。 うん、うんって相槌を打つけどホントはあんまり頭の中に入ってこない。 最後の一口を食べ終えた時、ポケットに入れていた携帯がブルブルと震えた。 私は慌てて携帯を見る。 それは、舞美ちゃんからのメールだった。 <おはよう。今日は何してる?今、公園にいるんだけど来ない?> こんな時間に走ってるのかな?めずらしいなぁ。 なんて思いつつ、いつも通りのメールに安心していた。 昨日の事・・・舞美ちゃんだって何か思ってるはず、なのに。 外を見ると、雲ひとつない青空。まさに晴天だった。 こんなうずうずした気持ちも、外に出れば少しは紛れる気がした。 それに・・・それに、やっぱり舞美ちゃんに、会いたかった。 <今から行くね。> そうメールしたら、すぐに電話が来た。 「愛理?」 昨日聞いたばかりの声なのに、すごく懐かしい気がした。 その優しい声に安心する。 「あのね、動きやすい格好して来て欲しいんだ。」 「え?一緒に走るとか?」 「一緒に、じゃないけど・・・。とにかく来て!」 「あ・・・うん。」 なんだかすごくテンションが高そうだ。 私はジーンズにパーカー、そしてスニーカーを履いて公園に向かった。 公園に着くと、いつも走ってるグラウンドの真ん中に立っている舞美ちゃんを見つけた。 そのまわりには、子供達が・・・3人。 そういえば・・・昨日の子と舞美ちゃん、遊ぶ約束してたっけ? よく見ると、輪の中にその子もいた。 舞美ちゃんは私を見つけると、手を振ってすごいスピードで走ってきた。 そしてふわりと微笑む。 「いきなり呼び出してごめんね。」 「ううん。どうせヒマしてたし。」 「そっか。」 ぽん、と軽く頭を叩かれる。 そして手を繋がれて、私は子供達のいる輪の中へ連れて行かれた。 「紹介しまーす。愛理ちゃんでーす。」 舞美ちゃんは子供達に私を紹介する。 愛理ちゃん、なんて呼ばれたの初めてで・・・妙に恥ずかしい。 「こ、こ、こんにちわ。」 恥ずかしいのと何だかよくわかんないのとで、私はどもってしまい、隣で舞美ちゃんが笑う。 子供達は「こんにちわー」って、なんか素直でかわいい。 それを見て笑顔になる舞美ちゃんもかわいい。 子供、好きなのかな?なんて思って見てたら、舞美ちゃんは突然手を挙げて意味のわからない事を言い出した。 「では。人数も揃ったことだし・・・リレー大会を開催しまーす!」 はぁ?リレー? 子供達が「私、かけっこ得意ー!」とかわいわい騒いでる。 私は運動が苦手だし・・・しかもちびっ子と一緒になんて・・・。 舞美ちゃんは戸惑う私に意地悪に笑って「愛理も走るんだよ」って言う。 なんかイヤだなんて言えない雰囲気になってるし・・・。 私が嫌な顔をしてるのがわかったのか、舞美ちゃんは子供達が騒いでるのを確認して、私の耳元に唇を寄せた。 ふわりと舞美ちゃんのにおいがした。 「一番に応援してる。」 そう言われて舞美ちゃんの顔を見ようとしたらもう、舞美ちゃんは子供達の輪の中に入っていた。 顔がみるみる赤くなった。熱い。 舞美ちゃん、ずるい。 頑張るしか・・・ないじゃんか。 ホントにずるいと思うけど、でもこういうところ嫌いじゃないから悔しい。 チーム分けって言っても4人しかいなくて、私は紅組で昨日の子と私は敵同士でアンカー。 よし!負けない。 子供相手なのに、昨日の嫉妬心が心の中にめらめらと湧き上がる。 私も相当子供だなーって思うけど、でもやっぱり負けたくない。 舞美ちゃんが「よーい、どん!!」と大きな声で叫んで、一番手が走り出す。 ひとりが走る距離はグラウンド1周。結構長い。 私のチームの子はどんどん遅れをとっていた。 その子はどんどん距離を離されて・・・バトンを受け取った時には、昨日の子はもうすでにグラウンドの1/4くらい先にいた。 相手は、子供。いくら運動苦手でも追いつけると思った。 私は必死に走った。こんな風に全力で走るのはホントに久しぶりだった。 昨日の子の背中がどんどん近くなる。だからもう走るのやめたいくらい辛かったけど、走り続けた。 『一番に、応援してる。』 さっきの言葉が頭の中でリピートされる。 そして、ゴール目の前・・・私は昨日の子を抜いた。 よしっ!ゴール!!・・・って思って顔を上に上げたら、大きく手を広げて待ってる舞美ちゃんがいて。 ゴールした瞬間、その腕に抱きしめられた。 「紅組の勝ちー!」 舞美ちゃんが笑って私の頭を撫でる。 昨日の子が悔しそうに舞美ちゃんに寄る。 「なっきぃも頑張ったね。」 昨日の子・・・なっきぃは舞美ちゃんにそう言われて、笑顔になる。 子供相手に本気になって悪かったかな、と思ったけど。やっぱり負けたくなかった。 ホントに、私も充分子供だ。 舞美ちゃんを、ひとりじめしたいの。何もかも全部、ひとりじめしたい。 「さてと・・・もう遅くなるから帰ろうか?」 舞美ちゃんは幼稚園の先生みたいだった。 みんなで手を繋いでひとりひとりを家に送り届けた。 最後、なっきぃは名残惜しそうに舞美ちゃんから離れなかったけれど、渋々家に帰っていった。 ・・・そして、ふたりきりになった。 手は繋がれたまま、オレンジ色に照らされた道を歩く。 目の前の道に、私と舞美ちゃんの影が映っていた。手はしっかりと繋がれていた。 「今日はごめんね?愛理、運動苦手って知ってるのに・・・。」 ホントに申し訳なさそうに謝られて、繋がれた手が離されるんじゃないかって思ってぎゅっと握った。 「ううん。何か・・・久しぶりにあんなに本気で走ったかも。」 「そっかぁ。じゃあ今日の愛理は結構貴重だね。」 「そうかも。」 舞美ちゃんが嬉しそうに笑った。私もつられて笑う。 「今日ね、なっきぃ・・・えっと、昨日の子なんだけど、なっきぃと遊ぶ約束してて。」 「うん。」 「でもなんか、愛理に・・・会いたくなって。勝手に呼び出して、勝手に走らせて・・・ごめんね。」 もう謝らないで欲しいのに。 私に会いたいなんて思ってくれただけでホントに充分、嬉しい。 そんなわがままだったらいつだって聞きたいし叶えたい。 それに、こうして舞美ちゃんがきっかけくれなかったら・・・今日はメールすら出来なかったかもしれない。 ・・・昨日の事、どう思ってるんだろう。 ふと頭をよぎる。 だけど聞けるはずもないし、聞くのも怖い。 あんな事したのは自分なのにホントに自分勝手だと思う。 舞美ちゃんは鼻歌を歌いながら手をぶんぶん振って歩く。 こんな時間が愛おしくて幸せで心の中がふんわりと甘酸っぱい。 最後に私が送り届けられた。 手が離れるのがイヤだなぁって思ったら、舞美ちゃんもそう思ってくれてるのかどちらからも手が離せない。 無言で向かい合って、舞美ちゃんを見ると視線を逸らされた。 どうしたのかな?と思って舞美ちゃんの手を少し強く握ると、やっと目が合った。 「舞美ちゃん?」 夕日に照らされた舞美ちゃんの顔はほんのり赤くて、ホントに綺麗で。 吸い込まれるように目が離せなくなる。 「愛理。」 舞美ちゃんが一歩、私に近づく。 「待ってるの、つらくない?」 昨日の事を思い出した。 やっぱり舞美ちゃんは自分自身を責めている。 私に悪い事をしてる、と。自分のせいで、って。 つらいって言うのは簡単だったけど、そう言うと誤解を招く気がした。 つらいけど、これは私も望んでいる事だし、結局私は舞美ちゃんのそばにいたい。 舞美ちゃんは自分のせいでって思ってるかもしれないけれど、それは違う。 自分勝手な私は、舞美ちゃんの気持ちを越えた行動をしていると自覚してる。 それを無理して受け止めてくれてるんじゃないかって思う時もある。 だから、昨日みたいな事があると・・・壊れちゃうんじゃないかって不安になる。 言いたい事はひとつだけだった。 何を思っても考えても、結局いつもたどりつくのはここだ。 それは今の舞美ちゃんには重荷なのかもしれない。 だけど、それしか伝える事はないと思った。 「私は舞美ちゃんが、好き。」 舞美ちゃんはそう言った私に微笑んで「ありがとう」って言う。 いつもしてくれてるみたいに、私は舞美ちゃんの頭を撫でた。 照れて耳まで真っ赤にしてるのがかわいくて。 それだけで幸せになれるんだよって舞美ちゃんに言いたい。 だけど、言わない。 でも、いつかそう言える日が来るんだと信じているから・・・。 END |
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