桜サク H

もうすぐ私も舞美ちゃんの新しい生活が始まる。

もちろん不安はあった。友達出来るかな、とか。馴染めるかな、とか。
でもそれ以上の不安。それは舞美ちゃんになかなか会えなくなる事。
そして・・・新しい生活の中で・・・誰か見つけてしまうんじゃないかって事。

舞美ちゃんが言ってくれた言葉を疑ってるわけじゃない。
あの言葉は真実だって思える。
だけど・・・気持ちはそうしたいと思ってもそうなるモノじゃない事は知っている。
そうなった時、私はちゃんとそれを受け入れなければいけない。

そう思うと、心が何かに押し潰されたような、そんな気持ちになる。
舞美ちゃんをいつでもずっと、縛りつけたいと思う。
だけどそれはただの我侭。

そんな事を思っていたら、舞美ちゃんから電話が来た。
私は急いで携帯を手にする。

「愛理?」
「うん。どうしたの?」

舞美ちゃんは呑気に「天気がいいね。」とかそんな事を言っている。
そんな呑気な声を聞いたら、さっきの不安がすっとなくなっていく。
舞美ちゃんはいつでも舞美ちゃんだなーって、胸の奥がくすぐったくて嬉しくなる。

「で、今は何してたの?」
「お昼ごはん食べて・・・ぼーっとしてた。」
「愛理らしいなぁ。」

電話越しなのに笑ってる舞美ちゃんが見えた。

今日は舞美ちゃんは高校の友達と遊びに行くとか、で。
これからその人の家に行くとか言ってた。
「何時くらいに行くの?」って聞いたら「電話切った後。」って言う。
「じゃあ、ずっと電話してる。」って冗談で言ったのに、真剣な声で「うん。」って。

なんでそんなに優しくするの?
優しすぎるのは罪だって、知ってる?

「電話切らなかったら、行かないの?」

わざと困らせるようにそう言うと、「うーん。」って唸って。

「行かないよ。」

・・・どうして?

泣きたくなる。苦しくなる。
息がうまく出来なくなって、会いたくて。会いたくて。
舞美ちゃん、私の事・・・好きになってよ・・・。

「会いたい・・・。」
「うん。」

会いに来てくれないくせに。
舞美ちゃん、ずるい。だけど・・・やっぱり大好き。

結局、私が「そろそろ行っておいでよ。」って言って電話を終わらせた。
だけど、胸の痛みはじんじんと熱を持って痛み出す。

舞美ちゃんは私の事をどう思ってるんだろう。
かなり好かれてるとは思う。
でもそれがどのくらいの大きさで、どういうカタチをしているか、わからない。

『待ってるの、つらくない?』

この前の言葉がフラッシュバックする。
つらくないのかと言えば、それはウソになる。
だけどそれ以上に舞美ちゃんが私から離れていく方が比べ物にならないくらいに、つらい。

どうしてこんな想いを抱いてしまったんだろう。

フラれたわけでもなく、だからと言って両想いになったわけでもない、曖昧な関係は脆くて危うい。
それを望んだのは舞美ちゃんだけど、私もだ。
だから、それをつらいという言葉や気持ちで片付けたくなかった。

ベッドに倒れこむように寝転んだ。
舞美ちゃんが言ったように、今日は天気がいい。
窓から入り込んでくる温かくて柔らかい日差しを浴びて、私は眠りについた。



目が覚めると、舞美ちゃんからメールが来てた。

<後で愛理の家に行く>

友達と一緒にいる合間に打ったんだろう、簡潔なメール。

<来る時に連絡してね>

そうメールをして、ぼーっとしてたら夜ご飯の時間になっていた。

お母さんが話してる内容も頭に入らなくて、でも舞美ちゃんが来る事だけは伝えた。
お母さんは舞美ちゃんの事をかなり気に入っていた。
だから、それに対して文句を言う事もなかった。
「あんまり遅くなるようだったら泊まっていってもらいなさい。」
そう簡単に言うけど。
それは出来ない。というか自分に何もしない自信が、ない。

シャワーを済ませてパジャマに着替えた。
前にこんな姿を見せてしまったから、もう遠慮はしない事にした。
すっぴんも恥ずかしいけど、あの時は舞美ちゃんもすっぴんだったからお互い様。
それに、そんな仲になれたのも、なんだかんだで嬉しい。

何度も時計を見てそわそわする。
やっと電話が来たのはもう日付が変わろうとしてる時間だった。

「ごめんっ。遅くなっちゃって・・・愛理の家行っても迷惑じゃない?」

実はもう家の前にいるらしく、でも遅くなってしまった事を気にしているみたいだった。

「迷惑じゃないよ。」

電話をしながら、私は玄関のドアを開けた。
そこには、携帯を耳に押し当てて私の声を聞き取ろうとしてる舞美ちゃんがいた。

「入って?」

まさかドアを開けられるなんて思ってなかったんだろう。すごく驚いた顔をしてた。
それがかわいくて仕方ない。
舞美ちゃんは、前に家に来たみたいに小さな声で「おじゃましまーす」って言って、そろりと足音を立てないように私の部屋に入って行った。

私は居間に行って、お茶をコップに注いで自分の部屋に入った。
舞美ちゃんはひとりで部屋にいるのが落ち着かなかったのか、私を見てほっとしたように微笑んだ。
ソファーに座ってる舞美ちゃんの横に座ると、舞美ちゃんは照れたように私を見る。

「それにしても・・・愛理のパジャマ姿、かわいい。」

それはデレーっとした顔で、なのに顔が真っ赤で。
恥ずかしくてバシンって背中を叩くと、それも嬉しそうにしてる。

「今日、愛理は何してた?」

舞美ちゃんはのどが渇いてたのか、一気にお茶を飲み干す。
それがあまりにもオトコマエでおかしい。
笑うと、舞美ちゃんは不思議そうに私を見る。

「今日は・・・寝てた。」

一言そう言うと、舞美ちゃんが笑う。
「愛理はホントに寝るのが好きだね」って頭を撫でられた。
今日初めて触れられて、私は顔が赤くなる。
いつ触れられても、私は初めて触れられてみたいにドキドキしちゃう。

「舞美ちゃんは?今日楽しかった?」

ドキドキしてるのを誤魔化すようにそう言うと、一瞬ハッとした顔をしたのを見逃さなかった。
それから、ゆっくりとまばたきをして「楽しかったよ」って笑った。
何かあったのかな?と思ったけど、舞美ちゃんは何も言い出さないから、聞くのが躊躇われた。

それから、いつも通りでなんてことのない話が始まる。
この時間はすごく好きなんだけど、さっきの表情が頭の中から離れなかった。
それに、舞美ちゃん・・・何か、それが何かわからないけれど・・・違う気がして。
いつも通り、笑って楽しそうに話してるんだけど・・・何だろう。

そのまま気がついたら1時間経っていた。
愛おしい時間は心地がよくて・・・眠くなってきた。
だけど、寝たらもったいない。そう思えば思う程、皮肉な事に睡魔が私を襲う。
時々私の頭がコクリ、と頭が動くのに気がついた舞美ちゃんが優しく笑う。

「眠い?」
「んー・・・。でももうすこしおはなししたい・・・。」

だけどうまくしゃべれない。
でも、眠いって言ったら帰っちゃうんでしょ?まだ・・・まだ、一緒にいたい。
なんとか繋ぎ止めたくて、目を開けようと頑張ってみた。
だけどすごく瞼が重くて、意識が飛びそうになる。
そんな私を微笑ましそうに見て、「寝よっか?」って言う。

「やだよぉ、まいみちゃんかえっちゃう。」

自分が何を言ってるのか、ちゃんとしゃべれてるのかもわかんなくなっていた。
気がついたら、舞美ちゃんの腕の中にいた。
シャワーを浴びてきたらしく、シャンプーのにおいがする。
意識はほとんどないのに、そのにおいの中から舞美ちゃんのにおいを見つけた。
舞美ちゃんは、赤ちゃんをあやす様に私の背中を撫でながら、ゆらゆらと体を揺らす。

「そんなことされたらねちゃうよぉ・・・。」

そしたら帰っちゃう。
帰らないで・・・まだ一緒にいたい・・・離れたくないよ・・・。

私は、神経を集中させて目を開けて、意識を取り戻した。
その瞬間、しっかりと目が合う。
舞美ちゃんは私に優しく微笑む。ホントに優しい顔で。愛おしそうに私を見る。

「寝るまで、そばにいるから。」

思ってもいない事を言われて、さっきまであんなに重かった目を開けると、舞美ちゃんは私が驚くのを見透かしていたように笑った。

「舞美、ちゃん?」
「愛理がよかったら、だけど。いい?」

ダメなはずなどない。泊まる事もお母さんには了承済みだし。
だけど・・・だけど。いいの?舞美ちゃん・・・。

私の返事がなかなかこないからか、今度は念を押すように「ダメ?」って聞く。
それは、拒否するのを許さないというような声の強さがあった。
そんな舞美ちゃんをあんまり見た事がない。
「ダメじゃない。」そう言ってカラダを密着させると、またさっきのように背中を撫でて体を揺らす。

「あ、でもここで寝ちゃダメだもんね・・・。お布団行こっか?」

私の体を抱きかかえるようにしてベッドに運ぶ。
私は体重の半分以上を舞美ちゃんに預けた。
チカラが入らなくてふらふらしたのは、眠いだけじゃなくてこれから一緒に寝る、という事を考えていたからだ。

・・・何もしない自信が、ない。

そうは思っていたけど、どうなのか自分でさえも想像つかなくて、それがすごく怖かった。
取り返しのつかない事になったらどうしよう。
舞美ちゃんを苦しめたら・・・どうしよう。
そう思うと、これから一緒に布団に入るのがとても、怖かった。



初めて一緒に入るベッド。
いつも抱きしめられたり、近くに体温を感じる事はあっても、ベッドに入ってるってだけでいつもと違う気がした。
舞美ちゃんは、私の体を引き寄せて腕の中に入れると、さっきとは違ってぎゅうって抱きしめた。
いつもより濃く、舞美ちゃんのにおいがした。

「愛理。」

その声は刹那を含み、私の心に刺さるように届いた。
やっぱり今日の舞美ちゃんはどこかおかしい。

「舞美ちゃん?」

顔が見たくて少しカラダを離したら、困ったように笑ってる舞美ちゃんと目が合った。

「どうしたの?」

そう呟いた瞬間。
ゆっくりと近づいてきた、唇。
それを目で追っていたら、それはすぐに見えなくなって。
私の唇に、舞美ちゃんの唇が落ちて、きた。

初めての感触に、全身が痺れた。
触れたらやっぱりもっともっと、欲しくなって。私は舞美ちゃんのカラダをぎゅっと抱きしめた。
柔らかくて気持ちがよくて、そしてこの考えてもいなかった状況に、私は考える能力を忘れて求めた。
時折、漏れる声を唇で塞いで、だけどもっと聴きたくて。

だけど、胸の奥が悲しく泣いていた。
このまま進んでしまっていいのか、急に思考が動き出した。

ハッとして唇を離すと、顔を真っ赤にして乱れた呼吸で私を見る舞美ちゃんがすぐ目の前にいた。
どんな顔していいのかわかんなくて俯くと、舞美ちゃんが私に甘えるように胸の中に入ってきた。

やっぱりいつもの舞美ちゃんとは、違う。
どういうつもりで、舞美ちゃんから・・・そんな事を。
いつも人の気持ちを優先する舞美ちゃんが、どうして?

いつも私の上にある舞美ちゃんの顔が、私の下にある。
頭のてっぺんを初めて見た気がして、それをぼーっと見つめた。
どうしていいのか、わかんない。

しばらくそうしていたら、舞美ちゃんが動き出した。
見上げるように顔を見られた。それも初めての事だった。
もう、心臓が持たないと思うくらい、バクバク音を立ててる。
胸に顔を当てている舞美ちゃんにもきっと届いてる。

舞美ちゃんはそのまま顔を近づけてきた。また今すぐにでも唇が触れてしまいそうなくらい、近く。
その唇に吸い込まれそうだったから目を逸らすと、舞美ちゃんが私の頬に手を添えた。
その手のひらはひどく熱い。
その熱でさえも、私を乱してしまいそうだ。

だけど、舞美ちゃんはそんな私に更に熱を与える。

「もう1回、してもいい?」

舞美ちゃんは私の答えを聞かずに・・・私の顔を引き寄せて、もう1度お互いの唇が触れ合った。



舞美ちゃんが、悪い。

もうどうなってもいいから、だったらこのまま舞美ちゃんが欲しい。
叶わなくなってもいい。どうしても欲しい。

舞美ちゃんが、悪い。
私をそうさせた舞美ちゃんが、悪いんだ・・・。

舞美ちゃんの上に乗って、私はさっきより激しく口づけた。
もう止められない。それは舞美ちゃんもわかってるはずだ。
なのに、もう1回なんてそんな事・・・。

足が絡まる。呼吸が乱れる。熱くなる。

どれもこれも、私を欲情させる。

そのまま唇を首筋に落とすと、塞がれていない舞美ちゃんの口から甘い声が漏れた。
そして、手で胸の膨らみに触れた瞬間、この前と同じように危険信号が点滅した。

慌ててカラダを離すと、舞美ちゃんの潤んだ目が私を捕らえた。
その表情からは感情が読み取れない。だからこそ、このまま進んではいけない。
止まれたのが自分でも不思議だった。

「舞美ちゃん・・・。どう、して?」

声が掠れた。でもそんな事どうでもよかった。
舞美ちゃんの気持ちが知りたかった。
ただカラダを重ね合わせることは簡単だ。だからこそ、気持ちが知りたい。

「どうして・・・。」

もう一度問うと、舞美ちゃんの目が伏せられた。私は頬をつかんで、顔を上げさせる。
諦めたように、舞美ちゃんが私の目を見る。ゆっくりと唇が開かれた。

「愛理が、好きだから。」

その答えはなんともシンプルなものだった。
好きだから求める。当たり前の事だった。
だけど・・・いつから?そんな素振り見えなかった。

「この前・・・愛理がキスしようとした時・・・嫌じゃなかった。それどころか、して欲しいって思った。」
「・・・ホント、に?」
「自分で気がついてなかったけど、あの時にはもう・・・愛理が好きだったんだと思う。」

ウソみたいだった。言葉が心の中に入ってこない。
だけど、これはウソなんかじゃなくって・・・でも、ホント?
疑ってるわけじゃなくて、ただ舞美ちゃんの気持ちが私に向いてる事が信じられない。

「だけど、こんな簡単に愛理と付き合っていいのかなって・・・。そう思うと気持ちを言えなかった。」

舞美ちゃんが私をぎゅっと抱きしめた。
私はそれを全身で受け止めた。

「でも、どう考えても愛理が・・・好き。」

今まで目の前にあっても手に入らなくて、でもずっと欲しくて仕方なかったものが、手に入った瞬間。
今まで待ち続けて、心に閉まっていた気持ちとかそういうもの全部が、私の体中にあっという間に広がっていった。

「私で、いいの?」

震えた声で私が聞くと「愛理じゃなきゃダメだよ」って幸せそうに笑うから。
もう、止められない。

私は舞美ちゃんの全てに触れて、心の中まで入り込んで触れて。
切なげに、だけど幸せそうに笑う舞美ちゃんが愛おしくて。
何度も何度も触れた。

全部、全部、私の舞美ちゃんだってわからせるように。



END