寂しい気持ち

夜の静けさは、時に切なさを運んでくる。



さっきまでホント、普通に。
テレビ見て、ちょっとゲームして、携帯いじって。
時計見たら、かなりいい時間で。
そろそろ・・・とベッドに潜り込んで。

ふと。

じわじわとやんわりとこみ上げてくる、胸の痛み。

ベッドの中がひんやりと冷たくて、自分自身を抱きしめて。
何も考えずに口から出た言葉が「亜弥ちゃん」だった事に驚いて。

だけど、こんな時間に電話どころかメールも不謹慎。

「亜弥・・・ちゃん。」

もう一度呟いたら、いっそう深く切なさがこみ上げてきた。
わけもなく泣いちゃいそうな、おかしくなっちゃったんじゃないかって思って・・・なんだろう、これ。
亜弥ちゃんと最後に電話した日をリダイアルで確認したら、2週間以上も前。
お互い忙しくって、なかなか会えなくて。時間も作れなくて。

そっか、こんなに亜弥ちゃんと話してなかったんだ。

そう思うと、勝手に指が動いていた。

『もう寝ちゃった?』

送信ボタンを押して、ちょっとだけ後悔したけど、多分メールしなくて後悔する、から・・・。

携帯から手を離した瞬間、暗い部屋に光。そしてブルブルと震える携帯。

『たん・・・。』
「亜弥ちゃん。」
『・・・どしたの。』

それは、明らかに眠っていただろう、くぐもった、声。

「ん・・・。なんでもない。」
『お前・・・なんでもないのにこんな時間にメールとかすんな。バカ。』
「ごめんなさい・・・。」
『・・・で?どうしたの?』

こういうところ、嫌いで好きなところ。
何かわかんないけど、何かあるってわかってるところ。
すぐ、わかっちゃう亜弥ちゃんが、嫌いで好き。

「なんか、急に亜弥ちゃんの声、聞きたくなって・・・。」
『バカ。それ、早く言えよ。』
「だって・・・こんな時間に不謹慎だと思って。」
『不謹慎だよ。でも、たんだからいい。』

不機嫌そうだけど、そうやって許してくれる亜弥ちゃんが。
だから、甘えちゃうんだって、胸の奥が苦しい。

『寂しくなっちゃったんでしょ。』

そっか、美貴、寂しかったんだ。

寂しいから切なくて。
亜弥ちゃんの名前が、自分でも意識しないで出ちゃう程に。

『明日、家行くから・・・それまで我慢して。』
「うん。」
『あー・・・ねみぃ。』
「ごめん・・・。」
『謝るな。バカ。』

存在も気持ちも全て、受け止めてくれる亜弥ちゃんが。

『甘えさせてやるよ。』

恋しくて寂しくて、切なくて。
美貴ばっかりこんな気持ちになるのかなって思うと、余計苦しくて。

『聞いてる?』
「うん・・・。」
『たんは、ホントに私の事好きだから。』

いつもみたく、そうだよって言えなくて。

『・・・たん?』
「亜弥ちゃん・・・。」
『どうした?』
「なんか・・・美貴、おかしくなったみたい。」
『どこが?』
「亜弥ちゃんは・・・寂しくなかった?」

電話の向こうで、亜弥ちゃんがふぅってため息をついた。
聞かなきゃよかったかなって思ったけど、聞かないと多分・・・美貴のこの気持ちはどうしようもならない気がして。
美貴ばっかり、亜弥ちゃんを求めて。いつか嫌われたらどうしようって。
らしくなく、弱気にもなって。

『ホント、たんはバカ。』

少しの沈黙の後、もう一度亜弥ちゃんがため息をついて。

『寂しくなかった?とか言うな。本気で言ってんの?』

亜弥の返事は、寂しい、とは言わなかったけど。寂しい、と言っているようなものだった。

『たんばっかり寂しいと感じてるとか思うな。バカ。』
「ごめ・・・。」
『私の事、そんなに好きなら、私の気持ちもちゃんとわかってて。』

最後の言葉は、搾り出したような、苦しそうな声だった。



自分ばっかり、とか思ってた自分が恥ずかしくなった。
今まで何年も付き合ってきたのに。
もしこれが美貴の一方的なものだけだったら、こんなに続くはずがないのに。
寂しさのせいで、大事なものさえ見えなくなってて。
ホントに、亜弥ちゃんの言う通り。バカだ。

寂しいとは、滅多に言わない亜弥が、美貴を甘やかしてくれる、その態度を見ればわかっている事なのに。
あんな風に、嬉しそうに抱きしめてくれたり、違うならそんな事しない。
こんな風に、こんな時間に電話かけてきてくれたりなんかしない。

いつもそこに、愛があるのに。

「亜弥ちゃん・・・好きだよ。」
『わかってるよ、バカ。』
「バカバカ言い過ぎ。」
『ホントの事でしょ。』
「美貴・・・もう寝る。」
『・・・早く寝ろ。』

いつも美貴が何かを見失ったりしたら、いつもこうして導いて手を差し出してくれるその愛の深さに。
さっきまでの寂しさや切なさはなくなっていた。
冷たかったベッドの中も、もう温かくなっていたから。

安心して、眠りについた。


次の日、美貴の家に来た亜弥ちゃんは、うざったそうに、嬉しそうに笑っていた。



END