支離滅裂な気持ち

舞美ちゃんの様子がおかしいと気づいたのは、ついさっき。

事務所の会議室で私達はマネージャーが来るのを待っていた。
いつも通りわいわい騒がしい空間。舞美ちゃんはなっきぃと笑いながら話してた。
私はそのヘンに置いてあった雑誌を手にとって内容もあまりよく見ずにペラペラと捲っていた。

その時、舞美ちゃんの楽しそうな笑い声が聞こえて、ふと目が行く。
なっきぃは舞美ちゃんに何かおもしろい話をしているんだろう。舞美ちゃんは口に手を当てて笑ってる。

・・・だけど、その目がいつもと違う風に見えた。

何だろう・・・心ここにあらず、というか。
見てるんだけど何も見てない、というか。

私は雑誌を閉じて、舞美ちゃんを観察する。
目、以外はいつも通りの舞美ちゃんに見える。
だけど、動きや言葉の中に何か違和感があるかもしれないと、目を凝らした時だった。

「ねぇ。愛理はどう思う?」

舞ちゃんがあーだこーだと身振り手振りを交えて昨日見たテレビの話をしてきた。
仕方なく、舞美ちゃんとなっきぃに背を向けてテキトーに意見を言うと、満足したのか舞ちゃんはにこりと笑って去っていった。

そしてすぐにまた、舞美ちゃんを見ようと振り返った先には、なっきぃしかいなかった。

「あれ?舞美ちゃんは?」
「トイレ行ったよー。」

なっきぃがそう言い終わるのと同時くらいに、私は会議室を飛び出してトイレに向かっていた。
トイレに行くと、何をするでもなく鏡をじっと見ている舞美ちゃんが、いた。
ただ立ってるだけだったけど、何ていうか・・・雰囲気がいつもとは全然違っていた。
いつもの話しかけやすい雰囲気はどこにもなく、いつも元気に満ち溢れているのに、今は生気を吸い取られてしまったみたいだった。
舞美ちゃんにそんな事を思うのは初めてで、自分自身戸惑う。

だけど、舞美ちゃんは舞美ちゃんだ。
私に気がついてないようだから、驚かさないように少し小さめの声で舞美ちゃんを呼んだら、少し遅れて舞美ちゃんが振り返った。

「愛理?」
「舞美ちゃん・・・。具合でも悪いの?」
「えっ?どうして?」
「・・・なんと、なく。」

そう言うと、舞美ちゃんは笑って私の元へ近づいてきた。
それが怖くて、一歩後ろに下がる。
だけどそれは何の意味もなく、私は簡単に舞美ちゃんに捕らわれた。
近くで見た舞美ちゃんの顔は、目だけではなく表情もうつろでおかしかった。

「舞美・・・ちゃん?」
「愛理。」

その瞬間、ふわりとやわらかくて温かい感触に包まれる。
舞美ちゃんは私を腕の中に入れると満足げに笑った。
いつものようにふわりと抱きしめられるのとは違うそのぬくもりが、ひどく怖く思えた。
突き放してしまおうか?でも・・・。
そう思って顔を上げた瞬間。
それを待っていたかのように、舞美ちゃんの唇が私の唇に、触れた。

え・・・?

それはホンの一瞬。瞬きをしている間に離れてしまったくらい、一瞬の事だった。
離れていく舞美ちゃんの唇を目で追って、そのまま視線を上げて舞美ちゃんの顔を見た。
舞美ちゃんは笑っていた。

やっぱり、おかしい。
私にそんな事をしたのもそうだけど・・・それ以上に表情も目も、行動も。何もかもがおかしい。

「舞美ちゃん。どうしたの?」

私はしっかりと舞美ちゃんの顔を見て、肩をつかんで揺らした。
ねぇ、どうしちゃったの?何かおかしいよ?
だけど、私の問いへの答えはなかった。
舞美ちゃんは私の唇を人差し指でなぞるように触ると、そのままトイレを後にした。

私はしばらくそこから動けなかった。
舞美ちゃんがどうしちゃったのか、全くわからない。
普段から天然でわけのわからない行動をする事はあっても・・・今日の舞美ちゃんはそれとも違う。
全然違う人みたいで・・・でも舞美ちゃんだ。
何か悩んでるとか、考え込んでるとか、それともまた違う。
なんていうか・・・何かに取り憑かれているみたい、だった。
だから、ホントに怖かった。舞美ちゃんにこんな気持ちを持つなんてないと思っていた。考えもつかなかった。

どうしちゃったの・・・?

いつもの舞美ちゃんに戻って欲しい。
天然で困っちゃうけど、真っ直ぐで不器用で、いつも楽しそうに笑う舞美ちゃんに・・・。



それから、マネージャーがきて話は終わり解散となった。
舞美ちゃんはなっきぃと話をしながら「おつかれさまー」って呑気な声を出して帰って行った。
なっきぃは・・・他のメンバーは気づかないのだろうか。
あんな舞美ちゃん、見た事ないのに。あんなに近くにいて。
気づかないのだろうか。
それとも、私だけヘンに見えてるだけなんだろうか?私がヘンなんだろうか?
・・・そうなのかもしれない。うん、きっとそうだ。

帰る支度をして外に出たら、めずらしく空には星。
冷たい空気を思いっきり吸い込んでゆっくりと吐き出したら、少し気持ちが落ち着いた気がした。

---その次の日。舞美ちゃんは仕事を休んだ。

心配だねぇなんて言いながらも、結局いつものように騒がしいみんながいた。
私は昨日の舞美ちゃんが気になっていた。
やっぱり・・・具合が悪かっただけなのかもしれない。

・・・うん、きっと、そう。

あんまり気にしすぎるのもよくないかなって思って考えをやめようとした時、ふと蘇った。唇の、感触。
あれは・・・じゃあ、どういう事なんだろう。
舞美ちゃんは誰にでも結構べたべたいちゃいちゃするし・・・だけど、ふたりきりのあの場面で、しかも触れられたところは唇。
そんな事はいつもの舞美ちゃんだったら・・・やっぱりしないと思う。

目を閉じて昨日の舞美ちゃんを思い返してみたけど、結局何もわからなかった。



それから舞美ちゃんは仕事を休み続けていた。
今日で4日目。
さすがにメンバーも心配になってお見舞い行こうか?なんて話してる。
舞美ちゃんは具合が悪くても滅多に休んだりしない人だ。
私も心配で仕方なかったし、最後の・・・あの日の舞美ちゃんがどうしても不自然だったのも気になっていた。

「愛理もお見舞い行く?」

なっきぃの言葉に、私は頷いた。
だけど・・・そういえばみんな気がついていないんだ。舞美ちゃんの様子がおかしい事に。
そう思うと、みんなで行くのが躊躇われた。

「みんなで行っても迷惑かもしれないから・・・今日は私ひとりで行って来る。」
「えー。なんで愛理だけなの?」

みんなが不満げな声をあげる。みんななんだかんだ舞美ちゃんが好きなんだ。
だからこそ、確かめたかった。だから譲る気もない。

「明日に舞美ちゃんの様子、ちゃんと報告するから。」

私はそう言うと、逃げるように急いで帰る支度をして事務所を飛び出した。

ホントはひとりで行くのが怖くて仕方なかった。だけど、確かめたかった。
どうしてあの日、舞美ちゃんはおかしかったのか。
いつもの舞美ちゃんに戻って欲しい。楽しそうに笑っていて欲しい。
だからこそ、確かめなければいけない気がした。



◇◇◇



舞美ちゃんの家に着くと、舞美ちゃんのお母さんが突然の訪問にも関わらず優しく出迎えてくれた。

「舞美ちゃんの具合どうですか?」

そう言うと、舞美ちゃんのお母さんは困った顔して笑った。

どうやら舞美ちゃんは4日間部屋から出てきていない、らしい。
トイレぐらいは行ってるだろうけど、それも2階にあるから顔を合わせることはないとの事。
部屋は鍵がかけられていて、どんなに開けてと言っても開けてはくれないらしい。
ご飯を食べれるのかわからなかったから、いつもパンとミネラルウォーターをドアの前に置いたらそれはいつの間にかなくなってはいるから、ご飯は食べているらしい。
それ以上の事は何もわからない、と話してくれた。
本当は無理矢理にでもドアを開けてしまいたいけど、こんな事は初めてでどうしてあげたらいいのかわからない、と。

「愛理ちゃんだったら、ドアを開けてくれるかもしれないから・・・。」

舞美ちゃんのお母さんはそう言って、ため息をつきながらリビングへ行ってしまった。

やっぱり舞美ちゃんはおかしい。何があったんだろう?どうしちゃったんだろう?
メンバーを連れて来なくてよかった。そんな舞美ちゃんを誰にも知って欲しくなかった。

舞美ちゃんの部屋のドアの前に立つ。
深呼吸をしてドアをノックする。

「私、愛理だけど。舞美ちゃん・・・ドア、開けて?」

返事はなかった。
だけど、しばらくそのままドアの前に立って待っていたら、ドアの向こうで音がした。とん、とん、と足音がして、がちゃり、とドアの鍵が開く音がした。
私は緊張で体が震えだしそうだったけど、必死に体に力を入れて踏ん張った。

そして、ドアが開かれた・・・。

私は舞美ちゃんの姿に驚きを隠せなかった。
顔の色は生気がなく、目はうつろで、立っているのにすぐにでも倒れてしまいそうなくらいふらふらしていた。
元々細い体は更に細くなった気がした。

私は部屋に入って、ドアの鍵を閉めた。
すると舞美ちゃんはふらふらと歩いて、ベッドの上に座った。

「舞美ちゃん・・・。」

悲しかった。泣き出したかった。
どうしてこんな風になっちゃったの?何があったの?

舞美ちゃんは笑って「来てくれてありがとう」って言う。
その声は聞き逃してしまいそうなくらい、細くて小さな声だった。

私は舞美ちゃんの隣に座ろうとベッドのそばに行って、愕然とした。
ベッドに隠れるように置かれていたのは、手つかずのパンとミネラルウォーター。
4日間、何も食べてないの・・・?

「舞美ちゃん・・・どうしちゃったの・・・?」

ホントに悲しかった。怖いとかそういう気持ちはもうなくなっていた。
舞美ちゃんを助けたい。それだけだった。
私は知らないうちに泣いていた。でもそんなのどうでもよかった。
私はパンの袋を開けて、小さくちぎって舞美ちゃんの口に持っていく。
だけど、その口は開かない。

「食べないと・・・少しでもいいから・・・お願い・・・。」

だけど舞美ちゃんは食べてはくれない。ただ私を見て微笑むだけだった。

「舞美ちゃんっ。お願い・・・。」

涙を拭く余裕もなかった。
私は必死にパンを差し出す。強引に口の中に入れようとした。
だけど、拒否され、顔を背けられ、ついには体も背けられた。

掴んでいたパンが、音もなく床に落ちた。

「どうしちゃったの・・・。」

私は舞美ちゃんを抱きしめて、泣いた。
細くなった体は以前のように走る力もないだろう。だけど舞美ちゃんのにおいがする。
胸が張り裂けそうで、私は叫びだしそうなのを必死に耐えた。
お願い、お願い。どうかいつもの舞美ちゃんに戻って。

「舞美ちゃん・・・。」

助けたいよ。私じゃダメなら誰でもいい。
舞美ちゃんを救って。お願い。

「ねぇ、愛理。」

舞美ちゃんが静かに口を開いた。

「私ね、愛理が好きなの。」

それは思ってもいない言葉で、私はただただその言葉に驚いた。

「でも、私、リーダーだし。メンバーを好きになるとかおかしいし。それに愛理に気持ち悪いって思われると思って。」

ああ・・・。私が舞美ちゃんを・・・壊しちゃったんだろうか。

「しっかりしなきゃ。私、リーダーだし。メンバーも少なくなっちゃったし。でも愛理が好きで。でも嫌いにならないで。気持ち悪いって思わないで・・・愛理・・・。」

支離滅裂だったけれど、舞美ちゃんの心の中がやっと見えた気がした。
舞美ちゃんは・・・私の事が好きで・・・それで・・・それでこんな風に壊れちゃったんだって・・・。
私の事が好きならば。舞美ちゃんに笑っていて欲しい。壊れて欲しくなんかない。

「だったら・・・私ね、愛理と落ちていきたい。」

舞美ちゃんの目が変わった。
急に鋭くなり、私を見てるようで見てないような。
怖くなる。背中がぞくぞく震えた。
舞美ちゃんが私をすごい力で押さえ込んだ。そして私の首に、手をかけた。
苦しくて、息がうまく出来ない。

「ねぇ、一緒に落ちよう。」

愛情の裏に芽生えた殺意。私は力いっぱい抵抗する。

違う。誰かを好きになるってこんな事じゃない。
舞美ちゃんは舞美ちゃんらしく太陽のような笑顔で笑っていて欲しいの。
私の事を好きだというなら、なおさら。

思い切り舞美ちゃんの肩を押すと、簡単に首筋を押さえ込んでいた手が離れた。

「舞美ちゃんっ。」

なだめるように優しく、だけど強く抱きしめると、舞美ちゃんが涙を流した。
それは私の心にも降り、私の首筋を濡らした。

「私を好きだって言うのなら、こんなの違う!舞美ちゃんが幸せに笑ってる姿が見たいの。舞美ちゃん・・・。」

泣き叫んで必死に言った。

「私、舞美ちゃんのそばにいる。私も舞美ちゃんが好きだもん!だから・・・だから・・・。」

お願い、届いて・・・お願い、伝わって・・・。

「だから・・・。一緒に落ちるんじゃなくて、一緒に幸せになろうよ。」

舞美ちゃんが短く息を吐いた。
少し力を緩めて舞美ちゃんの顔を見た。
舞美ちゃんは驚いたように目を開いて落ちる涙を気にせずに、私を見る。

「ダメ?」

ダメなんて言わせない。絶対に。
私は舞美ちゃんの答えを聞く前に、そっと唇を寄せた。
ゆっくりと濡れた瞳が閉じるのを見届けて、そっと唇を落とした。

それから、私はパンをちぎって舞美ちゃんの口元へ運んだ。
ずっと食べてなかったせいか、胃が受けつけないみたいで1個全部食べる事は出来なかったけれど、それでも食べてくれたことに安心した。
少しずつでいい。だから、もうこんな風にならないで欲しい。





「風邪治ってよかったねー。」

5日ぶりに仕事に来た舞美ちゃんに、みんなが安心したように笑う。
舞美ちゃんもいつものように笑う。それを見て私も笑う。
そして、いつもの普通の日々に戻った。

・・・というのはちょっと違う気も、する。

時々、舞美ちゃんがあの目をする時がある。それに気がつくのはもちろん私だけだ。
その時は、なんとかしてふたりきりになる。
そして、舞美ちゃんのカラダに触れた。
それだけじゃ満足出来なくて、私はTシャツを捲り上げて、胸の膨らみに歯を立てて噛み付く。
何度も噛み付いたそこは、生々しい赤い傷がたくさん付いていた。

痛いだろう、苦しげな表情でそれに耐える舞美ちゃんをいつしか感じなきゃダメになったのは、私だ。
私しか許さないというように、カラダに跡を付けなきゃダメになったのは、私だ。

今はわかる。あの時の舞美ちゃんが一緒に落ちようと言った意味を。
私は噛み付くたびにそのまま引きちぎってめちゃくちゃにしたい感情に捕らわれる。
キスをしてる間に何度も舞美ちゃんの首に手をかけた、あの衝動。
快楽と幸せの全てがその先にあるような気がする、この狂った感情。

「ねぇ、一緒に落ちようか?」

私は舞美ちゃんの首に手をかけた。
舞美ちゃんは幸せそうに笑いかける。それはひどく場違いで。
ねぇ、どうしてただお互いがお互いを好きなだけなのに、いつからこんな風になっちゃったのかな。

この先に何がある?幸せ?喜び?それとも絶望?
それを一緒に見てみたい。舞美ちゃんがそれを許すなら、ねぇ、一緒に落ちよう・・・。



END