早朝の告白

私は舞美ちゃんがずっと好きだった。

最初はやんわりと甘くてやわらかくて幼くて、カタチが不確かなモノだった。
会えたら嬉しくてそれだけで幸せだった。

だけど、自分でも気がつかないほどゆっくりと、それは確かなカタチに変わっていった。
会えたら嬉しくて幸せなのは今でも。だけどそれ以上に考えたり望みそうになる事も多くなった。
「もし付き合う事になったら・・・」とか「告白するならどう言おう・・・」とか思ったりする事もあった。
でもそれは思うだけで、実際は付き合う気も告白する気もなかった。
私と舞美ちゃんは同じグループだし、ましてや舞美ちゃんはリーダー。
だから今まで通り、一緒に仕事して楽しく笑っていられたらそれだけで幸せだと思ってた。

今もそう。
舞美ちゃんが笑いかけてくれる姿が思い浮かんだ。
私も笑いかけて、そしたらメンバーみんなも笑っていて。
あーだこーだいいながら騒がしい楽屋。みんな笑ってる。
舞美ちゃんが好きだけど、こうして舞美ちゃんがいてみんながいてこのカンジだってすごく好きだから。
このままでいいと思ってる。
そんなみんなを思い浮かべて、ひとりでいるのに笑顔になれた。

だけど・・・。
その笑顔の中に今見れない笑顔が、見えた。

今までだってそんな事があった。
そのたびにいろんな思いを経験した。あんな思いはもうヤだ。
それが、私と舞美ちゃんだとしたら・・・。

それがいつまでも続かないとしたら。

そんな考えが急に表れて、心臓がばくばくした。
カラダの熱が上がって、うまく冷ませられない。
呼吸が、うまく出来ない。体が、うまく動かない。

視界がグラグラ揺れた。

今はツアーの最中でホテル泊まり。
隣の部屋には舞美ちゃんがいる。
会いたくなった、会いたい、でも会えない。
だって会ってどうすればいいの?何を言えばいいの?

何を?

時計はすでに3時を表示していた。
きっともう、寝てる。
でも、会いたいと思った気持ちは揺らぐ事はなくて、想いが急に溢れてきた。
恋愛禁止だったり、同じメンバーである事や、それがバレたりする事や、ここを失う事や、これからの事・・・それを考えて、いつも気持ちにストップをかけてきた。
どう考えてもリスクが大きく、私と舞美ちゃんの関係性もどうなるかもわからない。

気持ちを揺らがさないように、想いは溢れないように。

大きく深呼吸をした。
目を閉じて、ふんわりとした笑顔で優しく笑いかけてくれる舞美ちゃんを思い浮かべた。
いつもはそれで落ち着く気持ちが、今は全くダメだった。
もともと抑えていた気持ちだから、こんな風になって自分でもどうしようも出来なくて手がつけられない。
そこまでの気持ちを抑えられていた自分にも驚いたけど、その気持ちがここまで大きなモノになっている事にもっと驚いた。

もう、止まらなかった。

カーテンを閉め忘れた大きな窓からは、柔らかくておだやかな光が射し込んでいた。
まだ朝の5時前。静かな空間は私の心を落ち着かせるには充分だった。
いつもなら2度寝するはずだけど、私はベッドから出て窓に向かって大きく伸びをした。
下に見えるのはまだまばらな車や人。空はくっきりすぎない淡い青。
深呼吸をする。
うん、大丈夫。

私はそのまま、なるべく何も考えないように部屋を出て隣の部屋のドアの前に立った。
廊下はまだみんな寝静まっているせいもあって、いつも以上に静かで心も静まる。

ドアをノックしたら、すぐに声が返って来た。

「え?はい・・・?」
「舞美ちゃん?」

思ったよりもはっきり声が出たのもあって、私だと思った舞美ちゃんはすぐにドアを開けてくれた。

「あ・・・愛理?どうしたの?」

驚いたような困ったようなそんな微妙な表情をしてたけど、それは一瞬ですぐにいつもの笑顔で迎えてくれた。
私が思っていた通り、ジャージにスニーカー。これから走りに行こうとしてた。
部屋に入ってベッドに座ると、舞美ちゃんは椅子を持ってきて背もたれを抱きかかえるようにして私の方を向いて座った。

「こんな朝早くにどうしたの?」
「舞美ちゃん、これから走りに行こうとしてたんだよね?」
「あー。うん。でも、話聞くよ?」

ふわりと笑顔になって私の頭を撫でた。
すらりと伸びた腕。優しい手。触れた熱。
一瞬きつく目を閉じて、それを感じた。

私は立ち上がって持ってきたタオルを舞美ちゃんの首にかけた。
きょとんとした顔で、私の顔を見上げる。
でも、その意図がわかったのか「ありがと。」って言ってタオルに顔をつけた。
「愛理のにおいがする。」って言って顔を上げられて、いつもとは違う上目遣い。
それで自然に出てきた。ホントに自然に。

「舞美ちゃん。好き。」

結局止められなかった。
一度溢れたものはもうどうにも出来なかった。だったら言ってしまおうと思った。
昨日出した結論だった。

舞美ちゃんの笑顔が消えた。
そうなるだろうと予測はしてたから動揺しない。
それどころか自分でもびっくりするくらい冷静だった。

「それだけだから。走るの頑張ってね。」

私はそのままドアに向かって歩き出した。

止まらなくて溢れたモノは、きちんと届くはずの人に届いた。
それだけでよかった。
それ以外に何も望んでなんかない・・・って言ったらウソになるかもしれないけど、でもそれだけでよかった。

伝えるだけで何もいらないなんて、ただの自分勝手な気持ちだってわかってる。
純粋で真っ直ぐで不器用なリーダーの舞美ちゃんが困るのもわかってた。
これから私たちの関係も変わっちゃうのかもしれないとも覚悟してた。
全てわかっていて、それでも伝えたかった。
そうしなきゃどうしようもならないくらいに、想いは大きくなりすぎていた。

「愛理っ!」

舞美ちゃんが私を呼んでも立ち止まるつもりも振り返るつもりもなかった。
あと私に出来る事は、少しでもこの微妙な空気を残さない事だった。

ドアまであと1歩、ドアノブに手を伸ばした時だった。
舞美ちゃんの足音が聞こえて、一瞬行動が遅れた。
ドアノブに手が触れる前に、私は舞美ちゃんに強引に振り向かされて、抱きしめられた。

「舞美ちゃんっ。離して。」

私は舞美ちゃんの肩を押して離れようとしたけど、バカがつく程強い力で余計にきつく抱きしめられた。
触れ合ってる部分が熱を持つ。呼吸をすれば舞美ちゃんのにおいしかしない。
息苦しい。
冷静な気持ちが剥がれそうになる。苦しい。

「ヤだっ!離してってば!」

今度は強い口調で言った。
強くなってしまったのは、冷静さがすでに欠けてたせいだった。
だけど舞美ちゃんは私を離さない。
腕の中でしばらくもがいたけど、力では敵わない。
諦めてもがくのをやめると、耳元に「あー。」とか「うー。」とか聞こえてきた。

何も言えないなら、こんな風に抱きしめないで欲しい。
何も与えないで欲しい、何も思わせないで欲しい。
何も言わなくてもいい、困らないで欲しい。
そんなの見たくない。

困らせたのは私だから、せめてすぐに立ち去りたかった、のに。
まだ力を緩めてはくれない。でも何も言わない。

そんな時間がどれくらい続いただろう。
少しだけ抱きしめる力が緩まった。
真っ直ぐで綺麗な目が、私を捕らえた。

「愛理・・・。好き・・・。」

舞美ちゃんの声は掠れていた。
だけどその言葉は真っ直ぐ届いた。
顔が真っ赤だ。すごくかわいいと思う。

「ごめん・・・なんかそれしか言葉出てこない・・・。」

そう言うと、またガーって抱きしめられた。
それは、不器用すぎる舞美ちゃんの告白だった。

「言うつもりなんてなかったんだよ。愛理がまさか・・・ね。思わなくて。」

抱きしめられている力は緩まって、舞美ちゃんは左手で私の背中に腕を回して右手で私の髪を撫でている。
おずおずと舞美ちゃんの背中に手を回したら、目を細めて微笑んでくれた。
さっきみたくガーっとなってた舞美ちゃんはただホントに驚きと緊張でどうしていいのかわかんなくなっていて、でも伝えたくて行動が先に出たみたいで。
舞美ちゃんらしくてかわいいなって思う。

何も望んでいないって思ってたけど、私もまさかそうなるなんて思ってなくて、こんなに想ってたモノが目の前にあって。
幸せそうに微笑んでくれる舞美ちゃんを見て、いらないなんて望んでないなんて思えるはずがなかった。
だけどこれからがきっと大変なのは目に見えている。それは同じく言うつもりのなかった舞美ちゃんも同じはずだ。

私は、幸せと嬉しさの向こうに見えた怖さに目を伏せた。
その怖さの先には何があるだろう。
それをふたりで乗り越えて手をつないで笑っていられるだろうか。

私が目を伏せた事に、舞美ちゃんがどうしたの?って顔で私の顔を覗き込んだ。
目が合うと微笑んでくれる。

それが心にほんわりと優しくて温かい感情を運んできたから。
今は全てを忘れて。
私は背中に回していた手を首元に回して、そっと引き寄せて初めてのキスをした。




END