早朝の告白 私は愛理がずっと好きだった。
だけど、私が一番望んでいたのは愛理の笑顔。
それを壊す事だけはしたくなかった。 今のままでいられたら、愛理はずっと笑ってくれる・・・。 そんな保障は全くないけど、きっと私の気持ちを知ってしまったらホントに心から笑ってくれなくなるような、そんな気がした。 それに私はリーダーだ。だからってひとりだけ何かしなきゃいけないってわけでもないけど、私がしっかりしないといけない。 もう、最年長は私だけ。 それを思うと、このままでいるのが一番だって思えた。 …いつか離れる時が来ても。
笑っていたいなって思う。私も愛理も。
今はツアーの最中で、ホテルに泊まっていた。
目が覚めると外は走るには最適な天気だった。 暑すぎない温度と、やわらかい日差し。 いつものジャージにいつものスニーカーを履く。 タオルは忘れてきたから、帰ってきたらすぐシャワーを浴びよう。 何も変わらない朝だった。
そう、ドアがノックされるまでは。 コンコン。
すでにドアの近くまで来てた私は、思わず声を出した。
「え・・・?はい・・・?」
「舞美ちゃん?」 愛理・・・。
メンバーの誰かかマネージャーかなとは思ってたけど、心構えなしに愛理が来たから動揺が隠せない。 でも、こんな時間に会いに来るなんて・・・何かあったんじゃなかって思って、急いでドアを開けた。 「あ、愛理?どうしたの?」
愛理が微妙に微笑む。
部屋に通したら、ベッドにすとんと座ったから私は椅子を持ち出して背もたれを抱きかかえるようにして愛理に向いて座った。 相談、なのかな。
私は愛理の笑顔が好きだから。 だから、何かあればいつだって全力で助けてあげたい。 ただいつか、恋愛の相談がきたらつらいな、とは思うけど。 「こんな朝早くにどうしたの?」
「舞美ちゃん、これから走りに行こうとしてたんだよね?」 「あー。うん。でも、話聞くよ?」 愛理は私が走りに行く邪魔をしてるって思ってるのか俯いたりするから、私は手を伸ばして頭を撫でた。
微かにシャンプーと愛理のにおいがした。 だけど、それに気づいてないみたいにぐっと抑える。 じゃないと、何だか今日は抑えられそうにない。 いつもと違う空気のせいなのかな、何となく愛理がいつもと違う気がした。 愛理は突然立ち上がって、私の目の前に立った。
どうしたのかな、と思う間もなく首筋に柔らかい感触とさっきより濃い愛理のにおいがした。 愛理を見ると優しく微笑まれて、見るとそれは愛理のタオルだった。 昨日、ライブの後に何気にタオル忘れたって話をしたのを覚えていてくれたんだって思うと、胸の奥がぎゅうって音を立てた。 「ありがと。」って言ったら少し照れたように笑う。 それがどうしようもなくかわいく思えた。 「愛理のにおいがする。」
ずっとこのにおいに包まれていられたらどんなに幸せだろう・・・と考えて、慌ててその考えを打ち消した。
今日は私も気持ちが強くなっている。気を緩めちゃだめだ。 そう、思ってたのに。
「舞美ちゃん。好き。」
唐突に愛理の口から発せられたその言葉が、真っ直ぐに私に届いた。
最近の愛理は妙にオトナになっていて、私はいつも少しだけハラハラしてた。
いつか誰かに恋をして、誰かと恋をする。 自然な事だけど、そうなった時に私はどう思ってどうするだろう。 いつも考えては結論も出ない事だった。 さっき感じたいつもと違う愛理は、そういう愛理だった。
その相手が私だとは・・・まさか、思わなかったけど。
いろんな事が一瞬で頭を駆け巡る。
仕事、メンバー、リーダー、別れ、愛理の笑顔・・・愛理、愛理・・・。 愛理を見た。
すっきりしたような、全てを覚悟したような、そんな表情だった。 「それだけだから。走るの頑張ってね。」
愛理がドアに向かって歩き出す。
待って、そう思うのに声にならない。 思考が追いつかないまま、愛理は先を行ってしまう。 「愛理っ!」
止めなければ。
愛理が出て行ったらこの告白も私の気持ちも全部・・・全部なかった事になる気がした。 急いで愛理を追いかけた。 そのまま乱暴に振り向かせて・・・細いカラダを抱きしめた。 「舞美ちゃんっ。離して。」
愛理が腕の中で抵抗したけど、離したくなかった。
だけど、言葉が出てこない。 なのに、気持ちが溢れてくる、止まらない。 愛おしくて大好きな愛理。でも今は笑ってはくれない。 「ヤだっ!離してってば!」
強い拒絶。
いつもの私だったら離してしまうかもしれない。 でも、出来なかった。 本能のままにガーって強く抱きしめる事しか出来なかった。 愛理のにおいが体温が、私の感情を乱す。
言うつもりのなかった言葉が溢れてきた。ホントに自然に。 ただそれだけが溢れてきた。 「愛理・・・。好き・・・。」
愛理の顔を見たら、うっすらと目が潤んでいた。
もう、止まらなかった。
みっともないくらい声が掠れた。
言葉にしたら、カラダが熱くなった。 どうしていいかわかんなくって、また愛理をガーって抱きしめた。
私の熱が愛理にも届いてると思ったら、心臓がばくばく音を立てた。 「ごめん・・・なんかそれしか言葉出てこない・・・。」
それ以外、何も考えられなかった。
愛理に捕らわれたみたいに、好きっていう想いだけ。 さっき考えてたいろんな事が出てこない。 愛理が好き。大好き。 抱きしめる力を緩めて、愛理の髪を撫でる。
「言うつもりなんてなかったんだよ。愛理がまさか・・・ね。思わなくて。」
ホントに思わなかったし、言うつもりもなかった。
だけど、私の気持ちを知って愛理が笑ってくれる。 こんな幸せな事はない。 だけど、この幸せのと同じくらい大きなリスクも背負ってしまった。
それが怖いと思う。 でも、愛理には笑っていて欲しい。だから、一緒に手をつないでて欲しい。 離れてしまわないように、強く強く。 顔を伏せた愛理も同じ気持ちなんだろうか。
「どうしたの?」って顔を覗き込んだら、表情が切なげに揺れた。 どうか、不安にならないで。怖いと泣かないで。 安心させたくて微笑んだら、愛理が少しだけ表情を緩めた。 それが心にほんわりと優しくて温かい感情を運んできたから。
今は全てを忘れて。 私は背中に回していた手を首元に回して、そっと引き寄せて初めてのキスをした。 END |
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