隙間なく愛で染めて --祝ってよ。 耳から体の奥まで。全身に響いた、声。 ずっとずっと消えずに、体の中で響いたまま。 ホントは最初っから、すんなりと祝ってあげるなんて言うつもりなかった。 散々からかって、私を好きだと言わせて、しょうがないなぁ、そんなにたんは私が好きなんだ、じゃあ祝ってあげるよ。 そうなるはずだった。 だったのに。 電話の向こうで、急に消え入りそうな声、出すから。 なんで・・・。 消えないのは、あの時のたんの、声。 そして、なんで?と聞けないまま、いつの間にかたんの誕生日を迎えていた。 移動中の車の窓から、ぼんやりと外を眺めていた。 景色なんて、頭の中に入ってこなかった。 今でも、鮮明に残る声が、私の調子を完全に狂わせていた。 「はぁー・・・。」 事務所に戻ってきて、なんとなくついたため息を聞いていたのはよっしー。 「なんだよ。あややらしくないじゃん。」 「こういう時もあるんだって。」 「へぇー・・・。」 まぁまぁ、というカンジで、お茶を差し出すよっしー。 素直に受け取ってソファーに座ると、よっしーはテーブルを挟んだ向かい側に同じように座った。 「んで?今日は美貴の誕生日だけど?」 「だけど?何?」 「浮かない顔してる原因なんじゃないの?誕生日。」 「まぁ・・・うん。」 「ケンカして会いに行きにくいとか?」 「んー・・・。違う。」 「じゃあ・・・えっと・・・会えなくなったとか?」 「会いに行くよ。これから。」 「そっか・・・。じゃあー・・・、えーと・・・えーと・・・。」 他の理由を一生懸命考えてるよっしーを見ながら、お茶を飲んだ。 染み渡るあたたかさが、少しだけ私を元に戻していく。 あんな声出されたからって、狂わされるなんて。 もう一度、お茶を飲む。 多分、大丈夫。 「えーと・・・あっ!そうか!美貴に聞いてみる!!」 「アホか、聞くなバカ。」 「アホとバカって・・・せめてどっちかにしてよ。」 「どっちも必要。」 「ちぇー。っていうかさー、これでも心配してるわけだよ。」 「うん。わかってる。」 「・・・かわいくねぇ。」 よっしーはお茶をずずず、とすすって、にやりと笑った。 この人が、みんなに愛されて娘。のリーダーをやっていたのが、ちょっとわかった気がした。 「まぁ・・・。さっき美貴にメールしたけど、美貴のダーリンがおめでとうって言ってたと伝えておいて。」 「誰がダーリンだよ。」 そう言うと、真顔で自分を指差すから。 私は口に含んでいたお茶を噴き出すかと思った。 「っていうか、あややがそんな事してるうちに、ホントのダーリンになっちゃうよ?」 「無理。よっしーは無理。無理無理。」 「ひでぇ・・・。」 小さい声でそう呟いて、よっしーがソファーから立ち上がって、私を見下ろした。 その視線の色が変わったのがわかって。 「そんな自信満々に無理とか言えるんなら、そんな顔すんな。」 私の頭を撫でるその手が。 さっき飲んだお茶と同じ効果を私にもたらす。 悔しいけど、私はそのあたたかさに助けられた。 もう、大丈夫。 そう確信して、呼吸を整えて。 たんにメールをした。 --今から向かうね。 会えば、いつものたんだった。 ジャージにぼさぼさの髪。映画のDVD観ながらトバを食べていた。 亜弥ちゃん来るまでお酒は飲まなかったんだよぉって甘えた声がくすぐったい。 「ねぇねぇ、梅酒買ってきたんだー。亜弥ちゃんも飲むでしょ?」 「おお、飲むべー。」 たんは嬉しそうに、氷と梅酒が入った一升瓶を持ってきた。 誕生日だからね、と梅酒を注ぐと、照れて笑う。 「じゃあ、誕生日おめでとー。」 「かんぱーい!」 グラスがぶつかった音と、氷が揺れるカランという乾いた音が、部屋に響いた。 たんはくいっと半分くらい飲み干して、ぷふぁーなんてオヤジくさい声。 そして意味もなくにやにやと笑って、私にぴったりくっついてきた。 「なんでこんなスペースあるのにくっついてんの?」 「いいじゃん。だってぇ、今日は美貴の誕生日だもん。甘えたっていいじゃん。」 昔は、こんな風に寄り添って。よくあることだった。 だけど、少しずつ大人になるにつれて、そういうことも少なくなっていった。 左側に、あたたかくて柔らかい感触。 とろんとした目が、私を見据える。 伸びた髪を触って、冗談っぽくよしよしって頭を撫でたら、嬉しそうに微笑む。 --いつから、こんな大人びた表情をするようになったんだろう。 そして、そんなたんに射抜かれた私。 狂わされないように、平常心を保っていた私。 それを隠す、軽いノリや冗談がなくなったら、どうなっちゃうんだろう? 怖かったから、そうならないようにしてた。 なんで? なのに、昨日の声を思い出してしまった。 それを隠す術を失った瞬間だった。 心の中を丸裸にされたみたいで、全部をたんに染められたみたいで・・・。 さっき思ってた、大丈夫、が揺らぐ。 --ダメだ。 くぃっとお酒を飲んだら、ほんのり甘い梅の香りがやけに喉にまとわりついた。 たんが「いい飲みっぷり〜」なんてご機嫌で微笑む。 「ほら、お前も飲め」とグラスを手渡すと、くぃっと飲んでからでれーっとした顔。 私の左肩に、熱くて柔らかい感触が、いつまでも残っていた。 ソファーの上で眠ってしまったたんの上に、タオルケットをかけてあげると、難しい顔して「うー。」って唸った。 ったくー。寝るの早いんだって。ハイペースでお酒飲むから・・・まぁ、勧めた私も悪いんだけど。 大丈夫じゃいられなくなりそうで、狂いそうで。 お酒の力を借りたあたり、もうダメかもしれないと思ったけど。 テーブルの上に散らばっているものを少しだけ片付けて、空になったコップに氷を入れなおして梅酒を注いだ。 からん、と渇いた音が心地よかった。 たんの顔を眺めながら、くぃっと飲む。 無防備で無邪気な、顔。 胸の奥から、おかしな感情が沸きあがる。 幸せそうな顔して眠りあがって。 いつからか、ずっとこのおかしな感情は無かった事にしていて。 それから、たんに対する私の態度は少し、冷たかっただろうか。 そうでもしないと、この感情が一気に表面に出てきそうで。それが自分を守る術だった。 だって、ヤバいでしょ。異常だもん。 たんに対してそんな。大親友だよ、私達。 近付きすぎたってわかってて、あの頃は若さゆえだろうか。 気がついたら、こんなところまで感情が、この微妙なカンジ。 たんもそんなカンジで・・・果たしてこの子はどこまで・・・。 --どうして、あんな声出したの。 まだ眠り続けるたんの唇に、ゆっくりと唇を寄せた。 触れたら熱くて、上唇を挟むように動かして、思わず漏れそうになった自分の声にハッとして、慌てて唇を離した。 すべては、酔いのせいだ、と言い訳しながら。 シャワーを浴びて戻ってきたら、たんはソファーの上でテレビをつけてお酒を飲んでいた。 相変わらず、とろんとした目は酔いのせいなのか少し潤んでいる。 たんの隣に座ると、くんくんとにおいを嗅がれる。 鼻が首筋に触れて、くすぐったいけどそのままにしておいた。 「ねぇ、亜弥ちゃん。」 「ん?」 「・・・やっぱいい。」 「はぁ?気になるし。」 たんはそのまま、私の首に腕を回してぎゅっと抱きしめる。 どうしたの?と言おうとしたら、すぐそばにたんの顔が。 相変わらずとろんとした目。だけど真っ直ぐな目。 梅の甘い香りがした。 そのくらい近くにいると気がついた時には、今にも触れそうな唇。 さっきのキスを思い出した。 私は慌てて、たんを突き放した。 「亜弥ちゃ・・・。」 「もう、何しようとしちゃってんの。」 おでこをこつんと叩くと、少し寂しそうな、そんな表情を見せて私から離れた。 そして、ソファーの上なのに体育座りして顔を隠した。 どうしたの?ってたんの肩に手を置いたら・・・少し震えていた。 「亜弥ちゃん・・・さっき、美貴に・・・キス、した?」 どくん、と体の中で大きな音が鳴った。 どうしてバレた?実は起きてた?・・・違う、あれは起きてなんかいない。 「あはは。たん、何言っちゃってるの?夢でも見たんじゃないの?」 軽く。かるーく。 そう言って、たんの肩を叩く。 でも、この空気は悪い。 「ほら、酒飲むべ。」 たんのグラスを取ろうと手を伸ばした時だった。 たんが顔を上げて、私の伸ばした手をつかんだ。 一瞬、よくわからなくて力が抜けた私の体を、たんに思い切り抱きしめられた。 「たん・・・痛いって・・・。どうした?」 「起きたら、美貴の唇に亜弥ちゃんの口紅がついてた。」 --しまった。 たんはオフだった。来た時にはシャワーを浴び終わっていてすっぴん。 私は仕事だった。来た時にはまだ化粧をしたままだった。 たんの唇に、口紅がつくことなんかあるわけがない。 誰かが、触れなければ・・・。 しくじった、しくじった、しくじった・・・。 何も思いつかず、頭の中が真っ白になる。 テンポよく言葉が出てこない。 どんな顔してただろう、私の目の前にたんの顔。 ゆっくりと近付いてきた唇に見惚れて、そのまま重なった柔らかい唇がさっきより熱くて・・・怖くなって突き放した。 仕返しだよってたんがにやりと笑って、私がコラーって怒って、はい終わり。 そうだったらどんなにいいだろう、と思ったけど。 たんの熱い視線。色づいた表情。 私が唯一、見たことのない・・・オンナの顔。 ダメだって。危険信号がチカチカ点滅してる。 だけど、いつもより少し、鈍い。 それは、酔いのせいなんだろうか・・・。 「好きだよ・・・亜弥ちゃん・・・。」 昨日の声を思い出した。 あの、消え入りそうな声を。 ずっとずっと、心の中で響いたままだった、あの声。 だから、あんな声を・・・。 クルワサレル。 感情はなかったことになんて出来ない。 しかもそれが同調すればなおさらのこと。 だけど・・・。 「でも、たんも私も・・・。」 「だからこそ、気がついた。亜弥ちゃんが好きだって。」 真っ直ぐな目に、揺らいだ心。 「だから、どうしても亜弥ちゃんに会いたかった。切なかった。」 いつだって真っ直ぐで素直で、純粋で無防備で自由で。 悔しいけど、そういうところ、すごく好きで。 でもだからこそ、このままでいようと思ってた。 だけど、たんがこんな風に私を想っていたなんて。思わなかった。 もう、隠す必要もないのかな。 狂わされていいのかな。 「うん。私もたんが好きだよ。」 ずっと言えなかった・・・そうじゃない、言ったこともある。 ただ、本心を剥き出しにして言ったのは、初めてだった。 たんが驚いて私を見つめて、ふわりと微笑んだ。 だから、私も微笑んで、もう一度口づけた。 思い切り抱きしめて。苦しくてもいいから。 END |
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