トレモロの恋
ソーダ水が弾けるような心躍る恋がしたかった。 古びた喫茶店の窓際で頬杖をついてレモンソーダの泡をじっと眺めていた。 レモンピールに少しだけ蜂蜜が入った冷たいソーダ水をストローでゆっくと混ぜると炭酸がしゅわしゅわと浮かんでは消えて行く。 その泡に気を取られていたら、待ち人が窓の向こうから手を振っていた。 手を振り返すと白い息を吐き出しながら嬉しそうに走り出すその姿を見るだけで踊るはずの心が刹那でいっぱいになる。 「オレンジソーダください!」 いつもお互いに頼むものが一緒で店員さんも慣れた感じでオーダーを取る。 今日は寒かったね、とか世間話なのにちぃはとても楽しそうだ。 うんうんって話を聞いてたら運ばれてきたオレンジソーダ。しゅわしゅわと泡の音が心地良い。 いつも私達が会うのはこの喫茶店で、ちぃの連絡先もどこに住んでいるのかも何も知らない関係。 その先を知ろうとした瞬間、この関係が終わってしまう。そんな気がして私はいつもちぃとホントに何気ない世間話をする。 ちぃはどう思っているんだろう、こんな関係楽しいんだろうか。 「そういえば、キャプテンと出会って1年が経ったね。」 窓の外を見ると淀んだ灰色の空からちらちらと雪が降り始めていて出会った時もこんな風景だったと思い出す。 絶望的な世界の中で叫び出したいくらいに体も心も寒くてたまらなかったのに一瞬で溶かしたのはちぃの笑顔だった。 泣きながらあんなに笑ったの、初めてだった。 「そろそろ、平気になった?」 目が合う。心の奥を見透かされる気がして慌てて視線を窓の外に戻す。 あの日のように雪が深々と降り続いている。 色のない世界の中でちぃだけが橙色の光を放っていたんだ。 「どう、かな。」 平気になったらこの関係終わっちゃう?いつも肝心な事が聞けないのはきっともう平気になってしまったから。 そして次に心が進んだ先がちぃだったから・・・。 「そっかぁ。」 ちぃはそれ以上その事について触れずにソーダ水を口に運ぶ。 私も同じように口に運ぶと甘酸っぱくて今の気持ちそのままで泣いて笑いたくなった。 私の失恋が癒えるまでそばにいてくれるつもりなのがわかって、だったらずっと嘘をつき続けていたい。 この関係にそれしか繋ぎ止める術がないのならば、ずっとずっと。その優しさと温かさに付け込んで繋ぎ止めておきたい。 ちぃの橙色の優しさが眩しくて、欲しくて何度も手を伸ばしかけていつもそっと手を下ろすのだ。 そんな事をしてしまったらこの関係は弾けて消えてしまうだろう。 体の中で炭酸が弾ける。弾けた想いは何処へ行くのだろう。 浮かんでは消え浮かんでは消えていくソーダ水は自分の心そのものだった。 何も疑わないちぃはただ黙って優しく包み込むように私を見つめて微笑んでいた。 END |
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