Who do you love? 「手作りチョコ作ろうと思うんだぁー。」 楽屋で何気なくふたりで見ていた雑誌には、バレンタイン特集って書いてあった。 私はそれを無視してページをめくろうと手を伸ばしていた。 それなのに、舞美ちゃんは目をキラキラさせてそのページを見ている。 「作るって・・・。大丈夫?味見とかしなきゃいけないじゃん・・・。」 「うーん・・・。」 接近してる顔を見たら、味見したのを想像したのか、眉間にシワが寄った。 そういうとこ、わかりやすくてかわいいんだけど・・・。 ---眉間にシワが寄るくらい嫌な思いまでして・・・誰に作るの? 言葉が出かかって、喉の奥に押し込んだ。 「みんなにも作るからね。」 すごい楽しそうに嬉しそうに、そんな事言うから・・・。 聞けるわけないじゃん。 みんなにも。 そこにはちゃんと私も入っていて、手作りチョコくれるんだろうけど。 ---ねぇ・・・誰の為に作るの・・・? 頭の中がその事でいっぱいになって、その後の会話は全然覚えていなかった。 仕事が終わって帰る支度をしていたら、支度を終えた舞美ちゃんは帰ろうとはせずに、携帯をいじっていた。 「おつかれー」って楽屋を出て行くメンバーにニコニコ手を振って答えて・・・。 気がついたら、舞美ちゃんと私しか残ってなかった。 なんとなくふたりきりになりたくなかったから、急いで支度をしたつもりだったけど、気持ちが焦りすぎて・・・結局みんな帰ってしまった。 舞美ちゃんはいじっていた携帯をジーンズのポケットに入れて、私の目の前に立った。 少し恥ずかしそうに、唇噛んだりして。 客観的に見たら、これから告白されるんじゃないかっていうような状況。 でも、それはないから・・・相談とか、きっとそんな感じ。 目の前の舞美ちゃんを黙って見てたら、ようやく私の目を見て口を開いた。 「ねぇ、これから買い物付き合って?」 私は動く唇に見惚れて、その言葉がうまく頭の中に入ってこなかった。 「え?」 「手作りチョコの材料とかー。道具とか買いに行きたいんだけど。愛理が一緒だと助かるなぁって。」 今度はすんなり入ってきた言葉が、私の心を痛める。 ---なんで、私かなぁ・・・。 そんなの、一緒に選んだりなんかしたくないのに。 でも、やっぱり言えなかった。 だって今、少なからず私を必要をしてくれてる。 舞美ちゃんの純粋な笑顔の裏には、きっと何もない。 ないからこそ・・・困るんだけど。 「しょうがないなぁ。一緒に行ってあげるよ。」 そう言ったら、舞美ちゃんの顔がぱぁぁって笑顔になった。 ほら、それだけでこんなに笑顔になってくれるんだもん。 断れるわけないよ・・・。 舞美ちゃんは私の手をとって、楽しそうにぶんぶん振った。 手の温かさとか、ぬくもりとか、そういうの感じると、今はいつもより余計に切なさが胸に刺さった。 お店に着くと、舞美ちゃんは私の想像以上にはしゃいでいた。 「これもかわいいしー。でもこれもいいよね。」なんて迷ってる舞美ちゃんがかわいいと思う。 髪をばっさり切ってかっこよくなったけど、やっぱりこういうとこ女の子でかわいい。 「ねぇ、愛理はどういうのがいい?」 目の前には、ハートの型。 大きさがいろいろあって、どうやら小さいのか大きいのか迷ってるらしかった。 そんなのどっちでもいいのに、って思うけど、やっぱ言えない。 「小さい方が何個か入れられるし、かわいいんじゃない?」 「そっかぁ。じゃあ愛理が選んでくれたのにするね。」 そうやって、私が嬉しい事をさらっと言っちゃうの。いつも。 そのたびに、私の心がいちいち反応して痛んだりするの、全然わかってないんだろうな。 結局、私が選んだ型を含め、いくつかラッピング用品も買って、お店を後にした。 「じゃあまた明日ね!」 手を振って・・・いつまでも私に手を振って駅に向かう舞美ちゃんを、引き止めたくて仕方なかった。 帰ったら、誰かの為に苦手なチョコ作るんでしょ? そんな時間を与えたくなかった。このまま一緒に居たかった。 だけど、私は手を振り返す事しか出来なかった。 目の前には甘い香りのクッキー。 メンバー全員に作った。みんな同じ形で同じ味のクッキー。 メンバーカラーのラッピング袋に入れて・・・ため息が出た。 クッキーは同じだけど、ひとつだけ・・・舞美ちゃんが前に作ってくれたクリームブリュレを舞美ちゃんの為だけに作った。 渡せるかどうかもわからないそれを・・・丁寧にラッピング袋に入れた。 他のメンバーに見られたら、きっとうるさいし。それも気になるけど、やっぱりどう渡そうか・・・それが1番気になってて。 告白・・・なんて、思っていないけど・・・。 思ってないけど、何て言って渡せばいいのかまだ迷ってた。 意識しないで、リーダーだから特別、くらいの感覚で渡しちゃえばいいんだって思うけど、いざとなったら動揺してる自分が思い浮かんだ。 楽屋に着いたら、もう他のメンバーは来ていて、「おはよー」って声が次々に聞こえた。 ソファーに座ってひと息ついたら、舞美ちゃんが突然大声で「プレゼント交換会!」って言って、それを合図に、みんなごそごそとカバンから綺麗にラッピングされたお菓子をテーブルに広げた。 私も慌ててカバンから取り出した。ただひとつを除いて。 みんながはしゃぎながら、お互いのお菓子を開けて喜んだり褒めあったりしていた。 だけど、私はその輪にうまく入れなかった。 舞美ちゃんがくれたチョコは、みんなから大絶賛。 「味見どうだった?」って舞ちゃんに聞かれて、「ちょっと辛かったよ・・・。」って苦笑いする舞美ちゃん。 「でも、みんなが驚くのが見たかったんだー。」って笑う舞美ちゃんはホントに楽しそうで、胸の奥がぎゅーってなる。 舞美ちゃんのチョコは、私が選んだ型とは違う形のもので、私が選んだのはやっぱり誰かの為だったんだと思うと苦しい。 私はそのチョコをひとつ口の中に入れて、そしたら思った以上に甘さが心の中に染み渡って・・・。 「ちょっとトイレ行って来るね。」 慌てて楽屋を飛び出した。 覚悟してきたけど、平常心じゃいられなかった。 去年はどうだっただろう?別に何とも思ってなかったはず。 だけど、今はこんなにも切なくて苦しくて・・・涙が出て。 トイレに駆け込んだと同時に、誰かがトイレに来た。 走ってきたのか、息を切らしているのが聞こえて、それが舞美ちゃんだと確信した。 長く個室に入ってるわけにもいかず、気持ちの整理も出来ないまま、諦めて出たら少し困った顔した舞美ちゃんが待ってた。 「愛理・・・大丈夫?」 「え?」 「なんか・・・辛そうな顔してたから・・・。」 「そうかな?大丈夫だよ。」 「よかったぁ。」 困った顔から笑顔に変わった舞美ちゃんは、ホントに安心したように笑った。 「愛理、私のチョコ食べて辛そうに出て行ったから・・・チョコがおいしくなくて吐き出しに行ったのかと思って・・・。」 「そ、そ、そんなことないよ!おいしかったよ!」 そんな事思ってたのか、って思ったらおかしくなって、少し慌てて言ったら「噛みすぎ。」って笑われた。 だっておいしかった。 それはホントで。これが誰かに渡るの嫌だって思ったんだもん。 吐き出しに来たのはチョコじゃなくって、私の気持ち。 舞美ちゃんが追ってきたから、吐き出せなかったけど・・・。 「愛理、実はもうひとつチョコ作ったの。昨日買い物付き合ってくれたお礼もあるんだけど・・・みんなの前で渡すとあれだから・・・。」 舞美ちゃんは少し恥ずかしそうに笑った。 「だから、残っててくれる?」 「いいよ。」 私もクリームブリュレを渡すきっかけが出来たと思って、少しホッとした。 これなら自然に渡せそうって思って、体の力がちょっとだけ抜けた。 そんな私の手をとって、「楽屋戻ろっかー。」って笑いかける舞美ちゃんに、私もやっと笑顔になれた。 仕事が終わって、いつも通りみんなが帰る支度をしていた。 私は少しゆっくり支度をした。みんながヘンに思わないように。 なのに、舞美ちゃんは1番に支度を終えて、でも一向に帰ろうとしなくって。 「舞美ちゃん帰らないの?」 「うん、ちょっとねー。」 舞ちゃんにそう言って、携帯をいじりだしたから「あやしいー」なんて言われてたけど、みんな帰っていった。 急に静かになった楽屋が、緊張と動揺を運んできた。 舞美ちゃんは携帯をカバンに閉まって、ごそごそとさっきより少し大きめのラッピング袋を取り出した。 「愛理にはトクベツー。はい。」 純粋で無邪気な笑顔。差し出された袋。 綺麗な指先も、全部。 トクベツなんて、深い意味のない言葉も。 悔しいけど、きっと意味なんてなくって。 わかってるのに、ドクドク体中が音を立てて。 手を伸ばして、少しぎこちなくそれを受け取った。 「開けてみて。」 綺麗にラッピングされたチョコを、少し震えた指先で取り出したら、私が昨日選んだ型で作ったチョコだった。 小さなハートがたくさん入ってて、誰かと同じ型なのかな・・・って思うと、少し気が重かった。 そのチョコの中には、メッセージカードが入ってた。 「カード?」 「うん、開けてみて。」 舞美ちゃんが恥ずかしそうにそう言うから、カードを開いた。 『愛理だいすき』 一言・・・それだけ書いてあった。 また意味のない、そんな言葉が書かれていて・・・心が揺れる。 いっそこのまま告白して、目の前で笑ってる舞美ちゃんを壊してみたい、とか。 そんな事を思って・・・ダメだって心の中に押し込もうとするんだけど、なかなかうまくいかない。 ---なんで・・・こういうこと・・・するの。 言おうとした時だった。 「私、愛理が好きなんだ。」 「へぇ!?」 何も考えずに出た言葉に、思わず舞美ちゃんが笑い出す。 「びっくり・・・するよね。ごめんごめん。」 「もう、なにそれ・・・。告白かと思ったじゃん。」 私も同じように笑ってみた。 だけど、目の前の舞美ちゃんはもう笑ってなんかなかった。 「私ね、愛理と付き合うとか返事欲しいとか思ってないから。ただ気持ちを言いたかったの。」 心がぐらんぐらんと揺れた。 それって・・・それって・・・。 「好きだよ、愛理。」 ---ウソでしょ? でも、そんな雰囲気ではなかった。 ホント・・・なの? 体が熱い。 でもそれは、さっきまでの切なさや辛さはなくって、やわらかくて優しい気持ちで。 「ずるいよ・・・舞美ちゃん・・・。」 私の・・・ずっと私の片想いだと思ってた。 告白するつもりもなかったし、こんな風にされるとも思ってなかった。 なのに・・・ずるいよ・・・。 溢れる涙が止まらなかった。 舞美ちゃんはびっくりして、私を抱きしめた。 さっきかいた汗のにおいと、舞美ちゃんのにおいと、少しだけチョコのにおいがした。 「おどろかしてごめん」ってずっと頭を撫でてくれるのも・・・ずるいよ・・・。 私は舞美ちゃんの肩に顔を埋めて、絶対言うつもりのなかった言葉を口にした。 「私も好きだよ。」 頭を撫でてた手が一瞬止まって・・・でも再び撫でてくれた手が、優しかった。 「でも、普通本命にバレンタイン用品一緒に選んでとか言う?」 「だってー。本人に聞くのがい1番いいかなぁって思って。」 「ホント・・・ずるいよ。」 初めて交わしたキスはチョコの味がした。 「で、なんで苦手なチョコ作ったの?」 「愛理が喜ぶかなーって思って。」 私がずっと思ってた誰かは私だった。 私の為に、苦手なチョコを作ってくれて・・・なにより私の為にあんなに楽しそうに選んでくれた。 幸せで怖くて、私はぎゅうって舞美ちゃんに抱きついた。 あやすように抱きしめられて、またキスをした。 「そうだ、私も舞美ちゃんに渡したいものがあるの。」 カバンから取り出したクリームブリュレ。 開けたら、少し形が崩れてた。 「これ・・・私に?」 「うん・・・。」 ぱぁぁって笑顔になって、なんでか少し焦って食べてる舞美ちゃんがかわいい。 「すごいおいしいー!」 やっぱり作ってよかった。 舞美ちゃんよりうまく作れたかわかんないけど、でもこうして嬉しそうに食べてくれるのが、すごく嬉しい。 「愛理、ありがとう。」 えへへって照れ笑いして、またぎゅうって抱きしめられた。 甘い甘いにおいがいつまでも鼻について離れなかった。 END |
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