夜の加速

「ホントに免許取る気なの?」
「ここまで来たには本気だよぉ。」



助手席のシートに深く体を埋めて、少し眠たそうに答えたたん。
眠いならドライブ行きたいとか、そんな事言うなって思ったけど。
なんだかんだ甘えさせちゃうのが、私。



「たんが運転とか、想像しただけで怖いんだけど。」
「そうかなぁ。亜弥ちゃんの方が危なっかしい気がするけど。」
「・・・言ったな。」



ちらり、と横目でたんを見たら、「こわーい」なんてお得意のロリ声を大袈裟に出して、にこにこしてるから、ちょっとだけムカついた。

だいたい、たんが運転出来なくても、こうして私がたんの運転手するわけだし。
あれだって、運転してくれるでしょ。

・・・言いかけてやめた。

あれと同列になる気がしたから。
私って、案外子供みたいだなってこういう時に思う。
ヘンな意地って言うか見栄っていうか。
たんにはなんだかんだ私がトクベツなんだって・・・バカみたい?

でもこうして呼び出すの、私くらいでしょ?

たんは、さっき買ったばかりのミネラルウォーターをごくごく飲んで、おやじみたいにプファーと息をついた。
そして、何が楽しいんだかにこにこして、私の顔を見た。



「でもね。亜弥ちゃんの方が危なっかしいって思うけど、美貴は亜弥ちゃんのそばにいれば何も怖くないよ。」



それは運転に対してのフォローなのか。
運転してくれる好都合の相手だから気を使ってるのか・・・。

そう思っていない事なんてわかってるのに、意地の悪い思いが沸き上がった。

私はゆっくりとアクセルを踏んだ。
徐々に上がるスピード。
流れる景色を見ていたたんが、そのスピードに気がついて、私の顔を見た。



「ちょ・・・スピード出しすぎじゃない?」
「・・・たん、怖くないんだよね?」
「うん・・・っていうか・・・亜弥ちゃん?」



私のそばにいれば安全だなんて、全くこれっぽっちもそうじゃない。
私はいつだって、たんを・・・。


--めちゃくちゃにしてやりたいと思ってる。


そう思ってアクセルを更に踏み込もうとした時、前の車が急ブレーキをかけた。
赤いランプが目の前に視界いっぱいに広がって、慌ててブレーキをかけた。
そのせいで、がくん、と車が揺れて・・・。

止まった。

ハンドルを握っていた手はかなり汗ばんで、心臓がばくばく言ってる。
隣にいたたんは、飲みかけのペットボトルを力いっぱい握り締めて、赤いランプを見ていた。



「はは・・・。あはは・・・。」



何してるんだろう、私。
こんな事で何が。何が・・・。
ここで事故でも起こせば、大変な事になる。わかってるのに。



「たん、怖かった?」



へらへら言ったら、たんは怒った。

事故ったらどうするの?とか、そりゃめちゃくちゃ怒った。
「へいへい」って返事したら、「お前聞いてるのか」って、さらに怒った。

そりゃ怒るよね。
でもね、思い知らせたかった。

私の、気持ちを。

何の疑いもなく、私が怖くないとか、安全みたいな事言って。
無防備すぎて、素直すぎて、わかってなさすぎて・・・ムカついた。



「ごめん。」
「うん・・・いいけど、亜弥ちゃんどうしたの?」
「たんが、私がそばにいれば何も怖くないっていうから、ちょっと試した。」
「何それ・・・っていうか、こんなカタチで試さなくても・・・。」
「だよね。はは・・・。」



信号が青に変わろうとしていた。

気がついたら、とっさにたんの胸をつかんで引き寄せていた。
そして、キス・・・というよりは、唇がぶつかっただけの事故みたいな。
一瞬だけ触れて、突き放すように離した。



「ふふ。たんとキスしたの久しぶりだね。」
「亜弥ちゃん、どうしちゃったの?」
「なんとなーく。」
「ふぅん。」



乱暴に触れた唇に、そっと指先で触れたたんは、伝えたかった事のどのくらいを、感じ取っただろう。
そう思ったら怖くて、私はたんの顔が見れなかった。



END